2018年6月のイベント情報 #無店舗展開

パクチーハウス関連、イベント・パーティ・講演情報です。ご参加歓迎、また色々な人に知って欲しいのでご参加またはシェアしてください!

 

1日(金)〜24日(日) ハンズ ぱくぱく!パクチーまつり @東急ハンズ京都店

東急ハンズ京都店4周年記念月間の一環で、昨年新宿と広島で開催した「ハンズ ぱくぱく!パクチーまつり」が開催されます。世界のごちそう博物館のレトルトコーナーとSOBA Café さらざんの「はじめてのガレット」も同時開催。食で世界平和プロジェクトの第二弾でもあります。

 

3日(日) 北極マラソン完走報告会
12:00-14:00 @レストラン・ドルチェ(茨城県利根町)

北極マラソンの報告会を、茨城県でやります。美味しいご飯と89への情熱! 遠くないよ。行こうよ!

 

5日(火) ぱくぱく!パクチーナイト2018 〜閉店から始まる無店舗展開〜
19:30-21:59 @東京カルチャーカルチャー

毎年恒例のカルカルでのイベント。店舗閉じても変わらずやります。パクチーハウス東京閉店から2カ月での旅で得た新たなアイデアと展開について、お話してみようと思います。カルカルのパクチー料理も是非お楽しみください。

 

9日(土) 第5回明石シャルソン〜旅するように巡ろう〜
@兵庫県明石市全域

明石で5回目の開催にして、シャルソン創始者のKyo paxiは初参加という・・・! 林くんお待たせしました。関西の方、是非ご一緒に。

 

11日(月)朝8:09 限定増産・全面パクチーTシャツ申し込み締め切り!

 

13日(水) キャリアデザイン講義「Coの時代のキャリアデザイン」
@明治大学和泉キャンパス

大学での講義なので興味ある人は直接連絡をください(秘)

 

13日(水)〜15日(金) 3KUNI Jellyweek
@綾部・舞鶴・高浜のコワーキング

PAX Coworkingが高浜にでき、綾部・舞鶴・高浜の三國(3KUNI)が動き始めた。各地でそれぞれJellyをしつつ、合同イベントも近日発表。

 

24日(日) 第3回郡山シャルソン2018
9:00-19:30 @郡山市安積周辺

郡山のシャルソンも3度目。開催地域をずらしながら地元の方を中心に魅力を再発見。郡山で新しい観光の形を試してみませんか。

 

25日(月) Mr.パクチー 「非常識経営論」トークライブ
19:00-22:00 @ゴホウビダイナー(東京都世田谷区)

 

27日(水)パクチーハウス東京創立者 佐谷恭さんと楽しむ パクチー×日本酒の会
19:00-22:00 @刻屋(大阪市中央区)

 

28日(木) 3KUNI jelly week~綾部・舞鶴・高浜で新しい発見とつながりを作る~
19:00-23:00 @Café&bar FLAT+(京都府舞鶴市)

 

30日(土) 【世界初パクチー料理専門店 佐谷恭氏と朝活】自分の肩書は自分で創る!
9:30-10:59 @BOOK LAB TOKYO(東京都港区)

昨年から各地で続けている肩書のワークショップ。肩書きは与えられるものではなく、自ら作ることによって未来が開ける、というお話。

 

北極点(パク点)到達!

日本パクチー狂会・会長のKyo paxiは、2018年4月15-16日に北極点(パク点)に到達しましたので報告いたします。

僕が北極点を目指した理由。北緯89度に行きたかった。それだけです。行こうと思ってから約5年後の悲願達成でした。北極マラソンというイベントに参加して、棚ぼた的にアジアチャンピオンになりました。このあたり、詳しくは僕の個人ブログをどうぞ。

パクチーハウス東京という店舗をやめてもパクを追い続けることを、皆さんに分かりやすく示したいと思い、閉店後最初のプロジェクトとして北緯89度を目指すことにしました。昨年12月11日に閉店を発表して、多くの皆さんから「次なにをするんですか?」と聞かれ、特になにも決めていないので「白紙」(paxi)と答えていましたが、唯一決まっていたのが北極行きでした。

「北緯89度に行きたいですだけです」という話を繰り返していたら、あるお客さんから「北極点と北緯89度はどのぐらい離れているんですか?」という質問をされました。

その時はたと気付いたこと。

いわゆる北極点の周りは北緯89.99999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999度です。北極点の周囲には110.94297kmに渡って、北緯89.***と表現できる一帯があって、それを「北緯89度帯」と呼ぶことにします。

北極点というか、点というのは長さも面積もありません。つまり、北緯90度地点であるいわゆる北極点は実体としては存在せずコンセプトにすぎません。ポールを立てることで初めて、ありそうな感じがするだけなのです。

そうか、地球の天辺を覆っているのは「北緯89度帯」なんだ。地球はパクの帽子を被っているようなものだ

「北緯89度帯」の中心点を「パク点」と呼んでみよう、という冗談から生まれたのがエイプリルフールのこの記事でした。

 

「地球はパクの帽子を被っている」

 

パク点で撮った写真が以下のものです。「paxi」の「i」の上にあるパクチーの葉っぱマークの下にパク点があります。

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「地球がパクチーに覆われている」という表現は、僕のこれからの決意表明です。パクチーをもっと面白く、美味しく食べられるよう、パクチー料理の世界的普及を目指します。


世界で最も寒い環境を走る「FWD北極マラソン2018」実施レポート(2018年4月24日:FWD富士生命プレスリリース)

政府、北極点の名称を変更=「パク点」に

政府は1日、地理上の北極点の日本語での正式名称を変更すると発表した。北極圏国8か国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国)をメンバー国とする北極評議会が北極点の名称をわかりやすく改称すると決めたことを受け、国立極地研究所の勧めで閣議決定した。

北極評議会は、いわゆるノースポール(北極点)と言った場合に、地理上の北極点(Geographical North Pole)と北磁極(Magnetic North Pole)が混同されることを1989年頃から問題視していた。地球温暖化の影響による海氷面積の減少で、北極海航路の本格的な利用の可能性と資源開発の可能性など北極に対する関心が高まるのに伴い、国家間の誤解や拡大解釈を防ぐため名称の変更が検討されていた。

北極評議会は3月10日のメンバー8カ国が参加する臨時閣僚会議で地理上の北極点をparctic、北磁極をmagnorthと一単語で表すことを決定。オブザーバー諸国・諸団体の承認を得た。parcticはpolar arcticの略で「パクティック」、magnorthはmagnetic northの略で「マグノース」と読む。この変更を報告した国立極地研究所がそれぞれの日本語での名称として「パク点」(parctic)「磁北」(magnorth)を提案し、1日政府が了承した。

また、パク点と改称された地理上の北極点(北緯90度)について、点には長さも面積も体積もなく、コンセプトにすぎないことに着目。地球の天辺を覆っているのは北緯89度帯であることを改めて確認した上で、「89度帯の中心であるparcticをパク点と呼ぶことは理にかなっている」(極地研究所長)と、今回の決定は識者の間でも評価が高い。

注目の高まる北極での研究・調査も活発化する。4月1日付で極地研究所の臨時職員となった元パクチーハウス東京(世界初のパクチー料理専門店=極地にまでパクチーを普及させるため3月10日に閉店)店主・佐谷恭は、地球の天辺がパクに覆われていることを改めて証明するため、パク点を目指す。4日に日本を出発、ノルウェーのスバールバル諸島経由で9日か10日にパク点に到達する計画だ。

2018年4月1日【チェンマイ=恭同】

 

 

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経堂 勝手シャルソン2018春〜パクチーを探して

経堂のまちを改めて散策してみませんか?

パクチーハウス東京を目指して、これまで何度も経堂に通っていただいたみなさん、ありがとうございます。10年超経堂でお世話になり、たくさんの知り合いもできました。パクチーハウス東京経由でパクチーを使っていただいたお店もたくさんあり、使わなくなったお皿、ジョッキのほか、レシピのシェアなどもして恩返しをしています。

経堂を勝手シャルソンしながら、パクチーハウスと縁のある店を散策しませんか? なお、勝手シャルソンですので、この企画は勝手にやってください。また、各店舗に特に相談等もせず勝手にやっていますので、勝手に各店舗の営業時間を調べて、勝手に行ってみてください。ただし、身勝手な行動は慎んでください(追パクを執拗に要求するなど:専門店ではありませんので)。

大変お世話になった以下の店舗を、勝手シャルソンしてみませんか。

また、ここ以外にもパクチーを出しているお店がいくつもあります。経堂でパクチー探ししませんか?

勝手シャルソンの様子は、日本パクチー狂会:パクチーハウスonline に勝手に投稿してください。ハッシュタグは、 「 #経堂で見つけたパクチー 」です。

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カウントダウン13: 東京シャルソン2018

あと13日。

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「東京シャルソン2018」を開催。2012年の経堂マラソンから7回目だった。各地の主催者と、これからまちを盛り上げたい人たちが集まり、ものすごいエネルギーが炸裂していた。

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シャルソンが生まれたのは2012年2月。まだシャルソンの名前はなく、「経堂マラソン」という名前で探りながら開催しました。企画を固めてからイベントを作るのではなく、とりあえずコンセプトを考え、当日までに修正していくという流れ。変更をその都度伝えられるよう、Facebookのイベントページで毎日のようにアイデアを発信していきました。

当時まだFacebookを使うのは主流でなく、「Facebookユーザー以外にも開かないの?」と聞かれましたが、アイデアを連続的に変更して伝えるためには、情報感度が高くないと無理だと思ったのでそうはしませんでした。僕が作ったルールを理解してほしいというよりは、一緒にイベントをというか全く新しいなにかを作ってほしいと思いましたので。

結果として、経堂マラソンを楽しんでもらっただけでなく、それを発展させるたくさんの意見をもらい、継続することと他の地域へ広げるための勇気をもらいました。

すぐにご当地シャルソン協会を立ち上げ、初年度に10回の開催を目標にし、その時つてのあったパクチー農家さんやコワーキングスペース運営者などに開催を働きかけていきました。同じコンセプトによる2つ目のイベントが横浜で開かれ、初めて「シャルソン」という名前を冠したイベントとなりました。その後は面白い人に会うたびにシャルソンの開催を呼びかける日々でした。そして2012年中に、全国で10回の「シャルソン」が開かれました。

この年の年末に連絡をくれたのが安曇野シャルソン主催者の篠原さんです。その後シャルソン開催希望の方数百人から連絡をいただいていますが、自分が面識のない人からの初めての連絡でした。経堂駅で待ち合わせをして、PAX Coworkingへ向かう道すがら、長野県と僕の関わりについて軽くお話をしました。約1時間、とても楽しい会話をしたことを覚えています。そして「5月に開催します」と言って経堂を離れました。

シャルソンは大まかなコンセプトだけを僕が決め、あとは主催者の自由にアレンジをしてもらい、面白いアイデアがあれば他地域でも採用してもらうことで発展しました。また、僕がしゃしゃり出て流行りそうな地域で開催するようなことはせず、その地域に在住または在勤の人が主催者となるというルールを決めました。行ける限りは色々な地域のシャルソンに参加して、全国のさまざまななまちの名前を知るとともに、自分たちの社会に対して意欲的な方々にたくさん会いました。パクチーハウスに全国から面白い人たちが集まる理由の一つは、そうした方々が僕を訪ねてくれることにもあるのでした。

シャルソンは6年間で約180回開催されました。これからも伸びていくと思います。日本国内のみならず、世界中での開催を、今後は支援していきます。やりたい人はぜひご連絡ください。

東京シャルソン2018には、全国からシャルソン主催経験者と、これからシャルソンやコワーキングでまちおこしをしたい人が多数集まりました。パクチーハウス東京での開催は今回が最後となりますが、僕は今後も東京シャルソンの主催者として、東京の新しい魅力を多くの参加者と見つけて発信していきたいと思っています。

カウントダウン26: 長い夜〜オーバーナイトステージ練習会

あと26日。

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樋渡啓祐さんとのcinemo PAXで会ったペライチ山下さん、世界のごちそうトークライブ&パーティに来てくれたジョージーナさん、初めて会ったのはパクチーの日だった白砂さんなど、パーティがあってこそ知り合った方々がそれぞれお友達と来パク。サハラマラソンテントメイトの福岡さんやソファ席があった頃のパクチーハウスを知る方も。

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佐賀県の前武雄市長・樋渡啓祐さんがcinemo PAXで来パクしたのが2016年12月。ペライチの山下さんも佐賀出身ということで参加していました。直接会うのはその時以来。山下さんの初来パクはその2カ月ぐらい前。PAX Coworkingでコワーキング協同組合取材のペライチセミナーで講師を勤めてくれ、その後ご来パク。僕はその時確かニューヨークのFood Film Festivalの授賞式へ行っていたので会えませんでしたが。

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ジョージーナさんは本山尚義さんと開催した「世界のごちそうトークライブ&パーティ」の参加者でした。白砂さんは2015年のパクチーの日のパーティで会ったのが初回。その翌月、メドックマラソンに出場する前のパリで、たまたま近くにいることがFacebookを通じて分かり、白砂さんオススメのお店で一緒にランチしたのがいい思い出です。その際、客席と融合したキッチンを見て衝撃を受けました。また、パクチーが普通にショーケースに置いてあって感激したこともよく覚えています。

パクチーハウスは「パクチー好き集まる店」と思われることが多いですが(料理内容からすると間違っているわけではないけれど)、毎日席を埋めるために「パクチーにそれほど関心がない(と思っている)層」をいかに惹きつけるかが大事だと開店以来思っていました。パクチーの日を祝うパーティ(8/9)・周年パーティ(11/20)・僕の誕生日パーティ(3/10)のパクチーハウス3大パーティはもちろんのこと、話したい人を読んだり、何らかの理由を付けてパーティ営業を200回ぐらい開いて来ました。これは、パクチーでなく僕が提供したい本当のテーマ(旅と平和)について伝えつつ、通常営業に足を運ばないだろう数多くの人たちに、パクチーやパクチーハウスに関心を持ってもらいたいと思って企画して来ました。魅力的なテーマはもちろん、人と人の縁で経堂に初めて来る方を増やすためです。

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サハラマラソンで同じテントだった福岡さんが福岡からご来パク。コーチング仲間と楽しんでくれました。2015年にサハラマラソンが始まる直前のパリで会い、日本手食協会の九州層本部長を引き受けてくれ、また、博多シャルソン開催にも多大な尽力をいただいた友人です。砂漠以来頻繁に会う人の一人です。

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僕の妻と子供たちも親しい友人家族と食事をしていました。たまたま当日予約が入った方が後から入って来たのですが、なんと娘の幼稚園時代の同級生でした。先日僕が祖師谷小学校のPTA主催の家庭教育学級で講演させてもらい、そのお母さんが聴いていてくれたそうです。お父さんはコエドビールの旧工場の見学にも行ったことがあるとのことでCOEDO毬花を美味しそうに飲んでくれていました。

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「随分久しぶりに来ました」とおっしゃる方も。パクチーハウスにソファー席が会った頃なので、7年半以上前だと思います。PAX Coworkingを立ち上げたときに、ソファーは3Fに持って行きました。その後、ソファーはPAX Coworkingから、藤澤陽くん主宰の前橋の部室に行きました。

このK山さん、『ぱくぱく!パクチー』も買っていただいたほか、鳥獣gigaにも関心を持ってくれたそうで、今後店舗を無くしてからこそ、色々なところで会えるのではないかなと直感しました。

カンパクの際に、時々「パクチーがないところにパクチーを届けたい」という話をしていますが、この日お客さんから「ぜひ行って欲しい」と言われたのが福島県と新潟県の境にあるという只見町でした。この町は古くからマトンを食べるとのこと。羊好きな僕としてはとても惹かれました。一度行ってみるかなぁ。お知り合いいる方は、ぜひご紹介ください。また、単純に行ってみたいという方からのご連絡もお待ちしています。

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営業終了直前に、元ハチハチサルーン(千歳船橋にあったバー)の井原さんと宮脇さん、そして酔っ払い東中トンチューさん、PAX Coworkingメンバーの平良さんが飲みに来てくれました。ちょっとした時に、ふらりと立ち寄ってくれるのは嬉しいです。良い夜でした。

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と言っても、夜はそれでは終わりません。店の片付け終了後、サハラマラソンのオーバーナイトステージ練習会を企画していました。パクチーハウス東京のスタッフ・しげちゃんが、サハラマラソン創始者パトリックご来パクの際に獲得した「サハラマラソン2018出場権」。ぜひとも完走して欲しいという思いから、これを企画しました。まさか、僕がオーバーナイトステージ練習会@関東を3年連続で主催するとは!!! 人生わからないものです。

パクチーハウスを0:00頃出て、東京タワー、雷門、Chapter Two、スカイツリーを経て、帰りは新宿経由で帰って来ました。自宅に着いたのは朝8:09。仮眠して、また楽しい夜に備えます!スタッフで参加したのはしげちゃんのほか、井野くんと西田くん。

井野くんは、パクチーハウスの初代アルバイトゆきこさんの甥です。僕のサハラマラソン報告会の朝に久しぶりにゆきこさんから電話があり「アルバイト募集してない?」と。聞いてみたら、大学進学で上京して来たばかりの井野くんがアルバイトを探しているとの返事。とりあえずパーティに参加してみたらと伝えました。

まだ東京に全く慣れていない井野くんは報告会の途中に来て、突然「おじさんたち」がサハラマラソン云々言っていたので「レストランのバイト」のつもりがなにが起こってるのだろうと思ったそうです。そのままパクチーハウスで濃いメンバーが集まる立食パーティに参加。多分たくさんのクエスチョンマークが脳内に浮かんだまま、アルバイトをすることを決めました。

同じ年の秋に日本テレビ『news every.』で僕がスタッフに提供している「ランニング手当」の取材にも参加。いつ100km目指すだろうと思っていました。この日は結局、40km近く走りました。

西田くんはサハラマラソン2017フィニッシャー。昨年サハラに行く前に、僕に話を聞くためにパクチーハウスに来てくれました。それからサハラ関係者と一緒に何度か合うようになり、今回の閉店までの臨時スタッフに応募してくれました。翌日、大学で「サハラマラソン完走」の功績を表彰されるというタイミングだったのですが、他の参加者たちに圧されて、結局皇居まで一緒に走ることになりました(笑)。

西田くん、翌日は所属大学にて、「サハラマラソン完走」で学生表彰されたそうです。皇居でみんなと別れて自宅へ向かっていきました。

チャレンジをともにするのは楽しいですね。しげちゃんの経堂からスカイツリー往復46kmと井野くんの約38kmは、彼らのこれまで未踏の長距離。でも自分の限界を一歩一歩超えて頑張っていました。チャレンジを続ける彼らのことは、店舗を閉鎖しても応援し続けたいし、友人として僕も刺激を貰っていきたいと思っています。

 

カウントダウン35: 相部屋とか相席とか

あと35日。

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伊豆大島ウルトラマラソンでたまたま同部屋になったメンバーがそろって来パク! 英ブラッドフォードへの留学時代の友も。そして遠くパリからもありがとう!!

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ぱくぱく!マラソンの第1回目として選んだコムラッズマラソンの出場資格を得るために、2014年3月に伊豆大島へ飛びました。伊豆大島ウルトラランニングに58kmのコースがあったからです。「パク(89)の前にゴーヤ(58)」というのが、それを選んだ理由です。

ちなみに、ぱくぱく!マラソンは、89にちなんだエクストリーム系ランニング大会に挑戦することでパクチーに対する関心を高める社会貢献活動(笑)です。その後、サハラ砂漠(モロッコ)とバイカル湖(ロシア)にも行き、この春は北緯89度へ行く予定です。

伊豆大島ウルトラランニングの大会事務局から宿のお知らせもいただきました。基本的に相部屋になるプランがあり、一人で行くと知らない人と一緒に宿泊することになります。バスで宿の最寄りの停留所で降りると、実行委員の方が案内してくれました。その道中に部屋割りを伝えられるのですが、たしか僕は、なぜか一人部屋でした。

一人だと面白くないしなー、別に走るために来たわけじゃないし。安い民宿の狭い部屋で一人で寝ててもしょうがないし。そう思って、近くにいた60代と思われる男性に「部屋替わりましょうか」と提案。3人部屋になりました。そこで会ったのが赤川さんと長谷川さん。全然知らない人なので、とりあえず挨拶はするものの、かなりぎこちない六畳間。当たり障りのない会話から始まりましたが、「とりあえず飲みますか」で打ち解けました。長谷川さんが風呂で橋本さんに声をかけ、4人グループとなりました。

適度に(たぶん過度ではなかったという意味)飲んで、翌朝もスタート地点まで一緒に行き、「終わったら飲みましょうね!!!」と言って別れました。ゴール後、4人で深夜まで飲みまくりました。印象深い夜でした。そして、1カ月後に3人で来パクしてくれました。その後、朝ラン&ビールの会で何度か会い、この日久しぶりにご来パクいただきました!!!

バンジージャンプとトライアスロンやろうよ、と提案されました。このメンバーで行くならやってみたいです。(バンジーは若干2名反対してましたがwww)

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イギリス・ブラッドフォード大学時代の友人の女性3人も来てくれました。3人ともすでに母になっていて時代の流れを感じます。14年も経てばそりゃそうか。

日本人の留学生は大半が大学生か、大学を卒業して大学院に来る人が多いので、卒業後5年ぐらいしてから留学した僕は、ちょっと先輩として扱われました。そして、他の学生に比べるとかなり旅をしているので、そういう点でも相談を受けたりしていました。

が、「英語はなんとなくできる」と中学の頃から思っていたのに、大学院の授業がほとんど理解できないことで相当なショックを受けていました。緯度の高さに由来する冬の夜の長さなどにもやられていました。というわけで、同じ日本人の彼らと日本語で会話する時間が精神安定上とても大切でした。

市場で見つけたウサギを「捌いて食べようよ」と提案したときも面白がってくれ、みんなで一品ずつ料理を食べたりもしました。専攻していた「平和学」と各国からの学生とのディスカッションはその後の糧になっていますが、それを支えてくれた友人たちでした。

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パリから帰国中のまどかさんもご来パク! 1年半ぐらい前、夫婦でご来パクいただいたときにたまたま僕が隣に座って飲んでおり、お話ししたのが知り合ったきっかけ。寿司職人をやるためにパリに移住するんですという話をしており、数ヶ月後に日本を離れました。

僕は毎年メドックマラソン(ボルドー郊外で行われるワインを飲みながら走るフルマラソン)でフランスへ行っているので、その際にパリで立ち寄ることを約束。昨年9月に再会することができました。次はきっとまたパリですね。

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トシくんまめじょが、山梨ぴたらファームの彩華さんを連れて来てくれました。ぴたらは元料理長の志田くんもしばらく滞在していたところ。パクチーハウスにもずっとぴたらのパンフレットが置いてあったので、時間ができたらぜひ訪ねたいと思います。

経堂に、夏はぴたらの野菜を使っている「ビストロ酒場 DANSHAQ」という店があると教えてもらいました。少し早めに終わったので(と言いながら2時まで飲んだw)、スタッフ連れて飲みに行ってきました。牡蠣とラム肉、カルパッチョ、ポルトガルワインをすっかり堪能しました。

カウントダウン42: 地球一周してスタッフ採用

あと42日。

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山田みっちゃんの定例パクチー会も38回目。新たな縁も加わりました。うちのスタッフはお客さんを介して地球一周して縁ができた人もいるんだなぁ。

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常連山田みっちゃんの定例パクチー会も38回目でした。今回はラグマン鍋。主催はみっちゃんで、彼女が店を予約するのですが、ごく稀に店舗主催と思う人もいて・・・今回は小浜大統領ご両親と2日前のものづくり学校での講演に来てくれたフルハタさんが合流しました。何があっても縁は広がり続けますね。人数が増えた分狭くなってしまいましたが、その分濃密な時間・空間を過ごしていただいたと思います。第39回もその場で決まっていました!

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丸テーブルには地球を救う“手食”カレーライスの頃からの常連さんで、当時パクチーハウスから89mのところに住んでいたゆうこちゃん。青年海外協力隊を受けようとしていた時、行き先について相談されました。彼女が希望していた職種では、エクアドルとブータンとモザンビークがあるという話だったと記憶していますが、どこに行くべきかと問われました。その当時、僕はどこにも行ったことはありませんでした。が、大学時代に世界青年の船を通じて知り合った親友Hiroが水資源開発の専門家としてモザンビークに赴任したばかりだったので、「モザンビークなら友人を紹介できるし、もしかして僕も行くかも」と答えました。ゆうこちゃんは晴れてモザンビークに行くことになりました。

その後、初めてのパクパク!マラソンでコムラッズマラソン(南アフリカ)に行くことを決め、その隣のモザンビーク訪問も決めました。ゆうこちゃんとはそこで再会することに。モザンビークはポルトガル語圏です。その時、任期が終わったら、もう少し海外で仕事をしたいという話をしていました。ゆうこちゃんはモザンビークの後、ブラジルへわたりました。そこで同じ職場にいたのが、昨年6月からパクチーハウスのスタッフになったブラジル人ゆみちゃんです。ゆみちゃんは色々な偶然が重なって東京農業大学への留学が決まり、ゆうこちゃんの導きのもと、パクチーハウスを訪れてくれました。スタッフの採用、これまで色々な縁がありましたが、ゆみちゃんの場合は地球一周してここにたどり着いたということですね。

同じ丸テーブルに日本パクチー狂会時代からの知り合いのトシくんもいました。

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開店当初から来てくれていて、また、とあるパクチー関連商品の開発者としても仕事をしたことのある梅澤さんは、いつものごとくたくさんのパクチー好きを集めてくれました。メンバーの一人から「それはコムラッズですよね?」と話しかけられました。僕がいつもパクチーハウスで被っているキャップはコムラッズマラソンの防止なんですが、それに気づく人は稀です。サハラやシベリアではこの帽子により会話が生まれたことがありますが。話しかけてくれた北川さんはランニングシューズコンサルタントという仕事を自分で作られたそうです。ご自身の病気の体験から、ランニングがもたらす豊かさと幸福を多くの人に経験してほしいと活動されているようです。

また、シンガーソングランナーという肩書きを持つ方もいらっしゃいました。2年ほど前に来られた時に、パクチーのうたを作っていいですかというような会話をしたようで、僕が「色々な人が作ってくれると嬉しい」と答えました。その後、すぐに作っていただいたようですが、ようやく迎えた再来パクの機会に、披露してくれました。

その他、パクチー入浴剤の試作をくださる方もいました。FMヨコハマの小室さんとも再会。まもなくFMヨコハマの『Baile Yokohama』という番組で幸福に関するインタビューを受けつつ、パクチーハウス閉店についても語る予定です。お楽しみに!

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シブヤ大学の肩書きワークショップで知り合った篠原さんが大阪から。同じ時に知り合った田中さんと田中さんのマレーシア人のお友達Boonさん、そして樋渡啓祐さんをゲストに地方活性についてのイベントで会った赤松さんも。店の営業だけでなく、僕がしてきた活動も含め、人の縁が広がって行ったことを実感。だから場づくりはするけれど場所には固執をしないのです。

先日友人が、「店舗がなくなっても佐谷さんには普通に会える気がする」とSNSで書いてくれましたが、僕もそう思っています。20年前だったらこういう展開はしなかったでしょう。

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北海道在住の矢上夫妻がお母さんらとちょうど1カ月ぶりの来パク。まだ2回目だけど、そんな感じがしない、きっと北見でそう遠くないうちに何かやることになるでしょう。漠然とした永続でなく、期間が決まっているから、話が早いのかもしれません。

カウントダウン55: パトリック・バウワー氏ご来パク

あと55日の夜。

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メモリアルナイト。サハラマラソンのレースディレクターが来パクした! 来日記念のウエルカムパーティ&砂漠同窓会。サハラマラソン出場経験者が50人以上集まる砂漠ナイトだった。

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パトリック・バウワー氏は、サハラマラソンの創設者でレースディレクター。僕も2015年春に、パクチーハウス東京開業89カ月を記念して参加しました。(『パク塩でサハラを走る』参照)

30年以上前、サハラ砂漠を荷物を背負い、10日間で350km走ったそうです。その体験を分かち合いたいということで作ったレースが Marathon des Sables なのです。7日間で砂漠を250km弱走ります。

メドックマラソンに出場したい人が集う「パクチー・ランニング・クラブ」で毎月のように練習(飲む方の)を開いていたのですが、メンバーの一人レナさんが、ある日突然「サハラマラソン」に出ようと思うんです・・・と宣言しました。当時の僕にとって全くもって意味不明。他人事として「頑張ってね」と応援し、ボロボロになった脚の報告をFacebookで見たときは「よくやるなー」と正直思いました。その次の会合で完走の報告を聞いたときは本当にすごいと思いましたが、僕には関係ないと思っていました。

それから毎月、レナさんは「砂漠最高」「サハラ楽しい」「またぜひ行きたい」と常につぶやいていました。1年ぐらいでいつの間にか洗脳されたようで、「興味あり」に心境が変化していました。

メドックマラソンつながりで知り合った石田さん。彼も一年かけてサハラに行きたくなったようで、僕を誘ってきました。2014年5月末のことでした。初のパクパクマラソンとしてのコムラッズマラソン(南アフリカ)の出発直前で、しかも東北復興応援ランニング「ウルトラシャルソン」の構想というか妄想をどう実現すべきか考えている頃。思考回路を割いている余地はないときでした。改めてその時のメッセンジャーを読み返してみたら、勧誘から承諾まで5分もかかっていました。迷いがあったんですねー。

とにかく、砂漠に行きたい気持ちを突き動かされ、決めました。そして、その理由を南アフリカで89km走りながら考えたのです。出場予定月がたまたま開業89ヶ月目であることに気づき、かつ、パクチーを出す店が増え、いろいろな企業からパクチーに関するコラボレーションのご連絡を水面下でいただき始めていたので、“これからはパクチーの時代”宣言をしようと思いつきました。それまでは遠慮がちにパクチーを語っていたのですが、89カ月目からはフォロワーの存在を意識しつつ自信を持ってパクチーを語りますという宣言です。「さぁ、パクチー!」これを数字で書くと「389」となります。「389」を読み替えると「さ・ば・く」・・・。「ありえない」と言われたパクチー料理専門店を継続できていたことを、比喩的に「砂漠にパクチーを生やす」というタイトルでの報告会をして表現することにしました。(『“ありえない”をブームにするニッチ戦略: パクチーハウス東京の10年』参照)。

サハラマラソンは心から楽しみました。最初の10kmぐらいは不安が先行していましたが、壮大な景色に身を置いている自分に心が震え、それからはずっと楽しすぎる時間を過ごしました。(サハラマラソン2015まとめ参照)

出場後、この本当に素晴らしい体験を一人でも多くの人に伝えねばと思い、パクチーハウスでのイベント以外にも全国で報告会を開きました。金沢・野々市・安曇野・大阪・広島・武雄・島原などで開催しました。話を聞いてサハラマラソンに興味を持つ人がどんどん出てきました。世界一過酷なハネムーンと称して翌年参加したうえだやまと夫妻がその一例です。

彼らの完走をサポートしたいと、オーバーナイトステージの練習会を企画。一度だけのつもりが、翌年もなぜか僕に開催の要望があり、2年連続練習会の主催者になってしまいました。

そして、3年連続オーバーナイトステージ練習会を企画することに、昨日なりました。素晴らしい贈り物!!!

パーティ中、パトリックが抽選で1名を今年のサハラマラソンに招待すると発表しました。そして、なんと・・・うちのスタッフしげちゃんが当選しました。

しげちゃんは昨年9月に、閉店までの半年間パクチーハウスを一緒に作りたいということで僕から協力を依頼し、旅から戻ってきたスタッフです。スタッフに心身ともに健康になってほしいと思い4年ほど前から始めた「ランニング手当」(月100km走ると手当がもらえます)にも積極的にチャレンジし、他のスタッフを引っ張ってくれています。僕のサハラマラソンの話に、自分もいつか出たいと言っていたので、この日のランチタイムに「いつにするの?」と聞いたら「来年ぐらいですかね」と。

それが急に、今年の話になりました。スケジュールを確かめてみると、抽選の瞬間からちょうど89日後に、しげちゃんはサハラマラソンを完走することになります。

楽しんでほしい。そして、絶対完走してほしい。オーバーナイトステージ練習を含め、砂漠を楽しめるようなサポートをしたいと思います。パトリックは本当に神様のような存在。パクチーハウス東京の最終章を彩ってくれ、しかもスタッフの人生をますます面白い方向に導いてくれました。

パクチーハウスを作ってよかった! サハラに行ってよかった! パトリックありがとう!

クスクスの砂丘
しげちゃんが作ったクスクスの砂丘に、パトリックも大喜びでした。