パクチーハウス店主に経歴詐称疑惑

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4月1日発売の『週刊文春』でパクチーハウス東京の店主が経歴を詐称している可能性が指摘されている。

ショーンPこと、ショーン・パクアイドル佐谷は、所属していたとされる京都大学での出席率が極めて低かったと数年前から指摘があったが、留学先のイギリスでも大学院の講義より酒場での目撃率が高かった。また、修士論文の指導教官とも意見が合わず、論文の骨子を決める前に英国から出国したとの記録が残っている。

パクチーハウス東京は当初からその存在が「ありえない」とされながら、設立の発表から8年9カ月経った今も店舗運営を続けている。3年続けばいい方とされる飲食業において、新聞、テレビ、雑誌などの取材を890回以上も受け過剰に存在をアピールする同店には実に怪しい「事実」が積み重ねられている。

京都大学総合人間学部卒業?

京都大学総合人間学部の入学式でショーンPと知り合ったという現ハノイ大使館勤務の男性I氏によると、ショーンPは常に大学を通り過ぎて三条木屋町方面へ向かっていたという。「大学で会うとしたら学割証を取りにくるときぐらいでしょうか。頻繁に国内外をウロウロしていましたよ」と指摘。「朝ごはんは米に限る」といいながら米どころ宮城県出身者らと朝から日本酒を飲むことも。ショーンP本人がインタビューなどでも「大学生活4年間のうち通算すると1年ぐらい海外を旅していました」と述べているが、国内の旅も含めるとほとんど京都にはいなかったことになる。卒業式には顔を見せたが、なぜかアフリカの民族衣装を着ていたそうだ。

大学の教官からもこんな声が上がっている。「卒論発表会の時期をずらしてくれと言うんです。そんな学生は前代未聞。結局ごり押しで一人卒論発表会を行なって、ほかの多くの学生が仕上げに苦労している頃にはインド洋を船で渡っていましたよ」。誠に勝手である。

大学の試験をレポートに変えてほしいと何度も依頼された中国人講師(当時)も嘆く。「私が設定した試験日に『受けられない』と言うのです。あなたの出身国にも行くし中国語で旅行記を書くから認めろと強く主張されました」。帰国後は授業時間を使って中国語で書いた旅行記を音読。大学の講義を自らの発音チェックに私物化していたようだ。

その他、「講義は眠い」と自分勝手な発言を繰り返し、ゼミ形式の授業ばかり登録していたという。ほとんどの学生が発言しないのをいいことに、「授業初日に場を仕切って自分の好きなテーマでの発表を決めてしまう。発表のない日は姿を現さないこともあった」(前出指導教官)。また、海外一人旅から帰る度にゼミに突然顔を出し、持論を展開。『書を持って旅に出よう』と、純粋な他の学生たちを洗脳した。寺山修司の『書を捨てよ町に出よう』のパロディだが、この頃からパクり癖は変わっていないようだ。

英ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)?

ショーンPは大学卒業後、大手電機メーカーと立ち上げ直後のベンチャー企業で勤務した。このわずか5年の間に南インドを半周したほか、ユーラシア大陸を2度も横断したという。当時の日本の一般企業の常識からしてありえない。そして、自らのテーマである「旅と平和」をテーマに論文を書くとして婚約者を置いてイギリスに渡った。

イギリスでは“平和学が初めて大学の専攻になった”というブラッドフォード大学の大学院で平和学専攻コースに入ったことが判明している。同じコースに所属し、修了後は国連機関を渡り歩いている日本人の同級生N氏に話を聞いた。「社会人経験がある方だったので頼りにしていましたが、ウサギ肉を捌いて食べようと言い出すなど、突拍子もない印象があります。また、私が出席できなかったHuman Rightsの講義の内容を尋ねとき、『人権に関する話だったよ』というのです。講義の内容を全く理解していなかったんでしょうね」。

イギリスの大学院は9月に始まり5月に全ての講義・ゼミが終わる。その後夏休みなどはなく、そのまま論文執筆期間に突入し、入学からちょうど1年ぐらいで過程を終えることになる。休みがほとんどないため、アメリカ等の教育機関に比べて早く卒業できる。課題提出も多く、かなり忙しい日々を送るようだ。そんな中、ショーンPは「寮にいても腐る」といって週のうち4日ほどブラッドフォードから逃避していた。スコットランドやウェールズのパブでクレジットカードを使った記録が多数残っている。ショーンPの英語力のなさは同級生の発言などから明らかで、分かりそうで分からないイングランドにいるより、訛りの強い地方に行くことで安心感を得ていたようだ。ショーンPはシベリア鉄道に乗車した体験談においても「酒を飲めば言語はいらない」と発言している。

ショーンPの大学院での論文を指導すべき立場にあった英国軍出身のドクターDは、振り返る。「英国におけるマスターコース(MA=修士課程)は講義で習ったことを発展させて論文にするのが通常。独自の理論を展開したいという彼と十回ほど打合せしましたが話になりませんでした」。「旅と平和」で論文を書かなければ意味がないと叫んで席を立ったショーンPについて、ドクターDは「松岡洋右のパクりかしら」と思ったという。ショーンPはドクターDに一方的に別れを告げて帰国した後、締め切り直前に電子メールで論文を提出したそうだが、ドクターDはその論文の評価について、小誌からの取材には明言を避けた。

占領という横暴

ショーンPは成人直後ぐらいより、自らの誕生日を自分で祝う会を開催している。イギリスに渡る直前の「壮行会」とイギリスから帰る直前の「送別会」も、自分で企画している。「誰も開いてくれないから」なのか。寂しい限りである。

二十代のショーンPは居酒屋で頻繁にトラブルを繰り返していた。周囲の客を巻き込んで乾杯をしようとしたり、店内にいる他の客にやたらと話しかけるので、「他のお客さまにご迷惑となりますので」とあらゆる店舗で繰り返されていた。これに対し「みんな楽しんでいるんだから迷惑ではない」と常に暴言を吐いていた。

remember-gday「壮行会」での蛮行は特に有名だ。予約をして席を取ると「2時間制」とされることに激高し、予約をしないで居座る作戦を思いついたらしい。渋谷にあるアイリッシュパブに「個別で」来店するよう友人たちに促し、店側に気づかれぬよう店を「占領」しようというのだ。結局3時間ほどでその作戦は成功し、店にいる客の89%以上を知っている状態になった時点で、見知らぬ客にも話しかけた。「友だちになろう」と。その後店内の異常な状態を感じた店員たちに制止される前に演説を始めた。約10分。パブリックな場を「占領」したと宣言した。

同様の手法はブラッドフォードでも実行した。日本に比べると英国での知り合いが少ないという理由で、大学の図書館や校舎の至る所に大学の許可無くビラを貼りまくった。結果として暇を持て余す学生がやたらと集まった。普段はあまり大学生が出入りしない、地元民に人気の「ウエザースプーン」というパブの年齢層を一気に下げ、普段落ち着いて飲んでいるイギリス紳士たちが驚愕。この日も夜更けに「占領」を宣言したが、朝方まで飲んだショーンPは「記憶にない」と言い張った。

ライブドア事件に関与?

英国からの帰国後、ショーンPは近鉄バッファローズ買収に名乗りを上げた直後のライブドアに入社する。英国ではほとんど授業を理解できなかったにもかかわらず、「日本語での情報源は貧弱すぎる」とし、“世界の視点”から日本を読み解くニュースサイトがほしいと願った。当時はインターネットでは新聞社のウェブサイトぐらいしか最新情報を入手する術がなかった。読売新聞とのやり取りに辟易しネット初の報道機関を作るというライブドア社長(当時)の堀江貴文氏に面会し、構想を伝えたところ「やれば」との返事で入社を認められた。

LANケーブルを引くところからライブドア・ニュースの立ち上げを担ったショーンPは、直後に「ニッポン放送買収」「代表者の参院選出馬」「代表者の逮捕」という事態に立て続けに直面した。「報道部門は広報とは異なるので、会社の肩を持つことなく中立」との立場で、同僚とともに内部にいながら客観的な記事を出した結果、社内から非難も出た。一方ですべての全国紙、キー局が丸パクりで報道するのを見てほくそ笑んでいた。

ショーンPはライブドア入社直後、目的や中身を考えることもなしに「社長になりたい」「起業したい」「上場したい」と話す他の社員たちを冷めた目で見ていた。しかし、在籍中に長男を授かったことが分かるやいなや、「子どもと一緒に成長したい」と“なんとなく起業”を目指してしまうことになったことから分かるように、他人の影響を受けやすい性質を持っている。

非常識

結局、「起業したい」という妄想が具体的なアイデアになる前に、ショーンPはライブドア退社を決めた。ちょうどいいタイミングでライブドア・ニュースという報道機関の閉鎖が決まったため、「事件に巻き込まれてリストラされた」と見ることもできるが、タイミングから見ると退社は本人の身勝手な行動にすぎない。

結婚の際も、子を授かった際も「無職」状態であったショーンPは、現代日本の基準から鑑みると非常識極まりない男だといって差し支えないだろう。しかも、持ち前の厚かましさから、多くの中小企業診断士や外食コンサルタントの「パクチー料理店だなんて気がふれている」という意見に耳を貸さなかった。

肩書きを利用する処世術

在籍期間などについて各社・各校に問い合わせたが「OBの個人情報について公開いたしかねます」との返事で、真偽のほどは不明だ。しかし、経歴が正しいかどうかは別として、パクチーハウス東京を開くまでの「事実」を見れば、どういう人間か推測できる。

大学の講義や中学高校の進路講話などにも招かれることの多いショーンPは「株式会社旅と平和 代表取締役」「パクチー銀行 頭取」「日本手食協会 理事長」などさまざまな肩書きを持つ。しかし、賢明な読者ならお分かりと思うが、ショーンPのいう「肩書」は自称にすぎない。講義を聴いた大学生や氏が運営するコワーキングスペースの利用経験者が「肩書きは自分で創るものだ」という主張に惑わされて、親の反対を押し切って就職活動を止めてしまったり、ダチョウ肉の普及で起業する者などが後を絶えないことは、社会的に問題があると言って差し支えないだろう。

(文=佐谷恭)


ショーンPの経歴の真偽については今後の詳しい調査が待たれるが、当人主宰の「毎年恒例の花見」で、ご自身で確認してみてはいかがだろう。参加者に制限はないそうだから、行ってみるのも一興だ。代々木公園原宿門に、4月2日(土)午後1時集合。編集部が入手した情報によると、毎年4月の第一土曜日の同じ時間、同じ場所で開催しており、「桜の開花時期に左右されない」そうだ。
https://www.facebook.com/events/951949741504544/


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