カウントダウン70: 時間は有限

あと70日の夜。

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パクチーハウス東京の2017年の営業は前日で終わりましたが、商店街のお寺で友人の身内のお通夜があり、経堂へ出かけました。年末挨拶できなかった方々数人にそこかしこで会いました。

パクチーハウス東京の閉鎖を発表したのは12月11日のこと。閉店日と決めた2018年から数えて89日前でした。では、いつ、閉店するというアイデアが出たのでしょう。記憶は定かではありませんが、1年以上前であることは確かです。

「決断」は直前でした。しかし、アイデアベースではその前から考えていました。

時間は有限であること。そして、サハラマラソンで砂漠を250km走っているときに感じた「大きな事を成し遂げたければ行動をシンプルにすべき」ということ。10周年という節目になにをすべきか・・・と考えたときに、あまた出てきたアイデアの中で、一つ方向性の違うものがありました。

「パクチー料理専門店を作ろう」と思いついたときと同じぐらい、自分でもビックリしました。ブームの最中、お客さんが増え続けている状況で、店をたたむこと。

「店を増やしたくない」というのは5年目ぐらいで確信となっていました。ブームの前後にはものすごい数の商業施設から、出店のお声がけをいただきました。多店舗展開の反対語で無店舗展開という言葉を思いついたとき、店舗閉鎖が現実味を帯びてきました。

パクチーがほとんど相手にされない状況を打破したい。日本パクチー狂会の創設した理由です。パクチーが気軽に手に入るようになり、(身に余る言葉だと思いますが)「パクチーの聖地」とまで言われていい気になっていてははいけないと思いました。

僕の使命は、パクチーがあるところで商売することではなく、パクチーがないところにパクチーを届ける、または、生やすことです。

時間は有限。だから、できることは完全に人に譲り、できないと思われていることをしたいんです。

カウントダウン71: Piece of Peaceなチャレンジャーたち

あと71日の夜。そして2017年の最終営業日。

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常連の前田さん、ご近所で開店直後からよく来てくれるもんさん、大学の同期の堀田くん、PAX Coworkingメンバーのジェリコ夫妻がご来パク。

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営業開始直前に前田さんから連絡いただきました。満席でしたが土壇場でお席も用意でき、いつも一緒に来てくれている会社関連の人と楽しんでいただきました。前田さんとはチーズ×パクチーのイベントに参加していただいて以来、パクチーハウスや外での講演など、いろいろなところでお会いしています。

「周りによく飲む人が多い」というお話で類は友を呼ぶというようなことを話していましたが、会社で少しずつ「そういう文化を作ったんだよ」という言葉が印象的でした。自分の周囲に着実に影響を与えていくこと。僕の発想の根元にあり、株式会社旅と平和のドメインにもしている「Piece of Peace」というフレーズは、そういうことの大切さを訴えているつもりなんです。

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営業開始ほどなく入ってきた女性が、手を振ってくれました。ご近所のもんさんでした。Twitterの初期に知り合い、「バクチーハウスに来たらメガジョッキ」という文化を一緒に作ってくれたような人です。メガジョッキ以外を注文されると、心配しますw

もんさんは経堂の人と文化をつなぐサロンとして20年以上運営されている「まだん陶房」の大家さんでもあります。パクチーハウス東京のトイレにある洗面台は、このまだん陶房の李さんの作品なんです。半分居抜きで店舗を借りたので、もともと設置されていたのですが・・・。開店初期の頃、まだまだん陶房や李さんのことを知らないときに、たくさんのお客さんからその作品について聞かれました。直接の縁ができたのは5年以上経ってからでしたが、最近のリニューアルに伴うご近所クラウドファンディングにも参加させていただき、家族で陶芸体験もしました。

もんさん御一行、お子さんの学校のママ友さんたちと楽しんでもらいました。そういえば、PAX Coworkingで2年ほど開業準備をして先日ミュージックバー「bar PENTA」を開いた横江さんもお子さん同士が保育園の同級生でした。経堂の人も世界の人も、みんなつながっています。

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大学の時の同期の堀田くんが、一時帰国の忙しい予定の中、来パクしてくれました。3年前にミャンマーへ移住する際に、壮行会をパクチーハウスで開いてもらって以来。卒業後、数回しか会ってないけど、なんとなくお互いの近況を交換しています。歳を取ってもチャレンジを続ける者同士として、今後こそ世界のいろいろな場所で会うことになるような気がします。

今やバリバリのビジネスマンと非常識経営者ですが、実は大学に入って初めてのバイトに一緒に行ったことを昨日話していて思い出しました。印刷会社のダンボール作りの深夜バイトでした。何周かして彼とはそのうち一緒に仕事するでしょう! あのとき同様、僕は働かないけどねw

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PAX Coworkingのメンバーでご近所のジェリコ夫妻もふらりと寄ってくれました。まだ日本でコワーキングがほとんど知られていないとき、僕が欧州のコワーキングのパイオニアたちとコミュニケーションを始め、コワーキングの基礎になる概念である「Jelly」のイベント「European Jelly Week」をやっていたときに来てくれた女性です。

とりあえずTwitterアカウント作りなよという話から、本名じゃ無くてニックネームでもいいから、という話の流れで、冗談で「ジェリコ」(Jellyに来た女の子)という提案をしたのですが、全力で拒否。しかし、その晩にできたアカウントはジェリコで、そのまま今に至ります。本名知らない人多いかもですね(笑)。

「コワーキング」という単語も今や、新聞等で解説なしに使われる一般用語となりましたが、まだ“孤”ワーキングな日が多かった当時、ジェリコのような存在がとても大きな支えとなっていましたよ。毎晩ヨーロッパのどこかの国とオンラインでディスカッションした体験が、その後のPAX Coworkingの面白すぎる流れにつながっています。

paxiblack高知から土佐町でのパクチーフェスに来てくれた母娘も来られていました。2度目のご来パクだそうです。 わざわざ来ていただけてとても嬉しいです。

 

 

カウントダウン72: 閉店後の展望

あと72日の夜。

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富士通同期の馬篭くん、妻とマタニティヨガで一緒だった照木さんがそれぞれファミリーでご来パク。急遽思い立って来てくれた常連の文ちゃん、近所の杉さんも。この日のお客さんは全員、閉店の告知を見ていてくれた。質問責めw

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僕の社会人デビューは富士通でした。職業意識の低すぎる大学生が「卒業して盲目的に就職したいという意味が分からない」と発言したにもかかわらず面白がって入社させてくれた寛大な会社。僕を面接した方々が所属する人事部にお世話になり、育ててもらいました。

馬篭くんは人事に配属される前の2週間の導入研修で一緒だった同期。「S4」というクラスで、定時に終わる研修の直後から、深夜まで毎晩飲みまくった仲間です。僕は3年目で離れたのでその後しばらくは会っていませんが、最寄駅が同じということがある日判明し、また、経堂まつりでバッタリ会うなんてこともありました。

お子さんの幼稚園で一緒でかつマンションも同じママ友として照木さんと知り合ったとのことでした。照木さんの長男はうちの長男と同い年で、僕の妻がマタニティヨガで知り合っていました。いつしか「共通の知り合いがパクチーハウスやっている!」ということに気づき、この度みなさんで一緒に来てくれたというわけです。

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ちょうどキャンセル出たところに文ちゃんからの連絡。「島豆腐南蛮パクタルソース」が好き過ぎると嬉しいことをいってくれました。パクチーハウスの店舗がなくなると、ふらりと来て注文することはできなくなります。が、これまでもいろいろなところで公開してきたレシピを、閉店後により分かりやすく公開し直そうと思っています。毎晩閉店予告スピーチで言っておりますが、パクチーハウスに食べに来る時代が終わり、自分でパクチー料理を作って自宅をパクチーハウスにする時代です。

文ちゃんが帰った後、またすごいタイミングで近所の杉さんが。川越の友達を連れてきてくれました。川越から世界に行っているクラフトビールCOEDOの毬花がメガジョッキ(1リットル)で飲める店なんですよ、パクチーハウスは!!!

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何年も通ってくれているゆうがくん、みゆきちゃん、さよりちゃんの他、数ヶ月ぶり、数年ぶり、初めてのお客さんのことごとくから閉店後の展望を聞かれます。次のネタが決まったから閉店と思っている人が多く、そうではなく閉店という一大事業に集中して、終えたら次を考え始めると説明をしております。昨日はそれに対して「マジメですね」と言ってくれた方がいました。ありがたいお言葉です。

閉店作業、というか、来てくれるお客さんに全力(かつ全緑)で接し、会話から多くのヒントをいただき、3月10日以降の関係性を築ければと思っています。そして、初回のなのかパクチーの日なのか、そのぐらいに自分がやりたいと思うことを抽出して、それがどうやって実現できるかを考えたいと思っています。

足りなくなるぐらいの数のメガジョッキが出ました。なかなか激しい夜でした。

 

カウントダウン73: 相席は縁でありチャンス

あと73日の夜。

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ある日相席してから一緒に来てくれている佐野さんと深瀬さん。旅育からラン仲間となった平野くんが来パク。

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隣の席に座ること。これはすごい縁なのです。僕も学校や職場はもちろん、飛行機や居酒屋などで、たまたま居合わせたことにより友達になったり、有意義なお話ができたりといったことが何度もあります。パクチーハウスは2人掛けの席を作らず、「相席推奨」なんて言い方をしていますが、推奨もなにも来たら相席になることがよくあります。

相席は縁でありチャンス。「すみませんが相席してもらっていいですか?」なんていう言い方が世の中には蔓延しているけど、「すまない」とは思っていません。バーで気の利いた紹介を受けるより、当事者同士がコミュニケーションのあり方を決める相席の方が、面白いことが起こる確率は高いはずです。

佐野さんと深瀬さんは数年前に隣の席に座って以来、何度も2人で来パクしてくれています。店に入ってくる二人を見ると、いつもそれだけでめっちゃ嬉しい気分になります。

深瀬さんはお仕事で、僕が生まれた病院にしばらく出入りしていた時期がありました。特に仕事の話などしたことはなかったですが、Facebookでゆるくつながっていることにより、ますます親しみがわきますよね。

佐野さんは一年ほど前に、実家のお母さんを連れて来てくれました。ちょうどその数ヶ月後に、第6回ウルトラシャルソンの下見で福島を訪れる予定をしていて、その時に結構近くまで行くことが判明。その時僕がかろうじて知っていた鮫川村の「手まめ館」の話を出すと、「時々納豆買いに行ってますよ」と言われ、お母さんと意気投合。というか、ぜひ立ち寄ってくださいよという言葉を鵜呑みにして、下見メンバーの片倉和尚と小野さんとともに遊びに行ってしまいました。そこで絶品ブランド苺をいただき、悶絶しました。

2ヶ月後の本番、郡山から鮫川村まで走り、宿泊地のほっとはうす・さめがわに着いたら、佐野さんご両親と妹さんが来てくれました。感激。しかも、その苺を大量に差し入れしていただきました。翌日のいわきまでのルートは、その苺とともに快調に走ることができました。

佐野さんが、昨日面白い質問をくれました。「どうして10年続けたんですか?」と。「なんでやめちゃうんですか」とよく聞かれますが、この質問にはドキドキしてしまいました。近々、僕自身のブログで、まとめたいと思います。

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ちょうど二人の隣の席が空いた頃、僕が夕方書いた「ふらりと来てください」に反応してくれた平野くんが目の前に現れました。そのまま、隣に座ってもらい、また友達の輪が広がりました!

平野くんは5年半前にPAX Coworkingにふらりとドロップインしに来たのが始まり。彼の出身大学が僕の出身高校のすぐ近くで、また同じぐらいのお子さんがいることが分かったので、僕がずっと考え続けている「旅育」について話をしましたところ意気投合。しばらく月1で旅育のディスカッションをしていました。その間に家族ぐるみで付き合いが始まり、シャルソンにも参加してくれ、やがて「多摩シャルソン」の実行委員となりました。いつの間にかランナーになっていたのも面白いです。時々遊びに来てくれる時はもちろん、出張先などで旅ランしている姿をよく見ています。

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この日のカンパクに伴う「閉店宣言」で「なんでだよー」と突っ込みを入れてくれた方が。お子様2人連れのファミリーで、帰り際にお話ししました。5歳の元気な子と2人兄弟でしたが、聞くと、その5歳の子が生まれる2日前にご来パクいただいて以来とのことでした。

「お知らせ」をみて色々な方がいらしてくれ、そうでなければお話しすることもなかった方ともたくさんお話しできている実感が毎日あります。僕が店名に「ハウス」を付けたのは、「家」でやるパーティのように、来る人のことを全員把握したい・店員と顧客でなく友達になりたい、という思いがあるからです。

「レストラン」という一般的なスタイルの中での行動を僕やスタッフに求める(「常識」的にはアタリマエですが)人が増えたことが、僕が店舗営業をやめようと思った理由なのかもしれません。他にも理由はたくさんあるけれど、書いていて、そう思いました。

 

カウントダウン74:フィリピン・シベリア・北海道

あと74日の夜。

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PAX Coworkingの野口(兄)くんファミリー。落チ語リの彩ちゃんが琵琶奏者と。また、パクチー好きのお母さんとその娘夫婦と新たに知り合いました。3日連続北海道の縁ができた!

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PAX Cowokingメンバーの野口(兄)くんは、秋からのPAX Coworkingメンバーです。(兄)と書いたのは、(弟)がいるから。PAX始まって以来の、兄弟会員です。僕も弟が東大和でシャルソンをやっていて「兄弟仲良いですね」と言われることがあるけど、一緒に事業をやろうと思ったことはないです。ま、僕が大学に入るときに早々に家を出ているので、年に数回会うだけで日常的な情報交換がないというのが大きな理由かもしれませんが。僕が作ったシャルソンを弟もやってくれているのはSNSの力も大きいでしょうね。

野口(兄)くんは、初めてお試しで利用しに来てくれた日に、1時間ぐらいで帰りました。「生まれそうなので・・・」と。少し前に会ったばかりでしたが、そのときいたメンバーが一気に幸せな気分になったのを思い出します。その子も初来パク。もうすぐ首が据わる頃です。

兄弟2人の留学体験から、フィリピンの英語学校の日本事務局をしています。また、身につけた英語を実践で使えるように第三国に働く場所も作ろうとしています。PAX Coworkingにはいろいろなビジネスをしている人がいますが、それぞれが自分の目的や理想を掲げ、それを達成するために独自の発想で仕事を作っています。近くで仕事をしていて、一緒にランチをするだけで多くのことを学ぶことができます。
(参考:「挨拶」「ランチ」「飲み会」がコワーキングの三大重要要素

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彩ちゃん、5日ぶり! 琵琶奏者の藤高さんを連れて来てくれました。ウランバートル、ウランウデ、イルクーツクなどでも演奏しているとのこと。あ、ドイツにも行ったと言っていましたが、僕の関心がモンゴル・シベリア方面なので・・・(笑)。日本から近いけど、この地域に行ったことがある人が意外と少ないので、またゆっくりお話ししたいです。同じイルクーツクでも、琵琶の演奏に行く人と、バイカルアイスマラソンの起点として行く人では見た世界が全然違うだろうなと思います。

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料理を持って行く度に歓声をあげてくれたお母さんがいました。娘さんご夫妻とともに。お母さん、パクチーハウス東京のことを前から知っていて来たいと思っていたそうですが機会なく、北海道からの帰省に際して、娘さんが「食べれるよ」というのでついに来られたそうです。

カンパクと同時の閉店宣言にとても驚かれていましたが、限られた時間の中にまた新しい縁ができています。僕が店を閉じることは、お客さんともう会わないということではなく、お客さんのところに何らかの形で(その形は全くもって未定ですがwww)僕が向かって行くということだと思っています。まだ行ったことのない北見に行く日を楽しみにしています。ちなみに、昨日・一昨日は2日連続で函館との縁ができました。

 

カウントダウン75:狛江とチーズのパクチー会

あと75日の夜。

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ずっとパクチー会をやり続けてくれている狛江シャルソン主催者の山田みっちゃん、チーズとパクチーの夢のコラボイベントでご一緒した梶田さんと三田さん、ランナーのくらしまさん、PAX Coworkingメンバーの中尾くんがご来パク。バルセロナ写真展開催中のれいこさんも来たところでカンパク!

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パクチーハウス東京で「パクチー会」「パクチー部」などなど、いろいろなパクチーに関する会合が開かれていますが、昨日はそのうちの2つが、それぞれ約10人ずつ会合を開いてくれました。

山田みっちゃんはパクチーハウスでパクチー会を開いて37回目! 開いた回数もすごいけど、数を数えられているのもすごいです。僕も何度もパクチー・ランニング・クラブやPAX CoworkingでJellyを開いているけど、それぞれ何回やったかわからなくなりました。狛江シャルソンも着実に開催し、パクチー会ではいろいろな人を連れて来てくれています。

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チーズ界大御所で「かじたいずみチーズ教室」主宰の梶田泉さんとは、昨年2月にCHEESE STANDの藤川さんと3人でパクチーとチーズのイベントをしました。そのイベントで、その後もずっと付き合いの続く友人をたくさん得ました。2013年から毎年クリスマスにパクチーハウスでパーティを開いてくださっています。

いつも一緒に来られる三田さんとは、驚くべき数の接点があります。初めて会ったのは下北沢にあったスロコメで出会ったデジタル復元師の小林泰三さんから誘われたタイ料理を食べる会でした。

参加していた方の中に、出演させていただいたタイの番組に関わっている方も。ロケの日に来る可能性もあったそうです。

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くらしまさんとは前回ご来パク時にランの話をされていたところを横から入ったという縁。北海道でマラニック(マラソン+ピクニック)をするという話だったので、たまたまその日いらした北海道出身の河村さんを紹介しました。2月の雪上マラニックにぜひ行きたかったんですが、第7回東京シャルソンと重なってしまったので次の機会を探ります。同じ団体が8月に仁木町でメドックマラソンの日本版と呼ぶべきマラニックをするそう。こちらも注目したいです。

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PAX Coworkingの中尾くんは久しぶりに夫婦でご来パクしてくれました。バルセロナ写真展のレイちゃんも交えてこれまでのこと、これからのことお話ししていましたが、店内混み合っていて細切れに。家も近いので、またゆっくりお話ししましょう!!!

毎晩やっているカンパク前の閉店宣言。15日が経ち、だいぶこなれてきました。

カウントダウン76:結局みんなつながっている

あと76日の夜。

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シャルソンつながりの小物さん、経堂つながりのヒデさんファミリー、元スタッフの中内くんとお客さん、経堂のあかねさん、ミレーナさん。函館から最近コワーキングを作ったという中村さんもご来パク。

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小物さんと会ったのは、第1回神戸シャルソンの時だから2012年11月です。同年2月に最初のシャルソンとしての「経堂マラソン」を開いて、その普及のためにたくさんの人に声をかけていました。この年10回目のシャルソンが神戸シャルソンでした。前日が別府シャルソンで、シャルソン創始者の僕は、フェリーで神戸に到着しました。

受付をして最初に会ったうちの一人が小物さんです。その日のランニングプランを話していたんですが、「この辺酒蔵多いから、後半は日本酒ツアーだな」という旨のことをおっしゃっていました。この人、シャルソン初めてなのにすごくよく分かっている!そう思ったのが僕の第一印象です。

学校の先生を集めて「SENSEI RUN」というのを毎週開催しているランナーです。感度が高く視野の広い方だなと思いました。小学校教師を勤める僕の弟に「SENSEI RUN」関東版をやるよう勧めましたが、まだ数回ぐらいじゃないでしょうか、興味ある人は僕の弟まで。小物さんは東北復興応援ランニング「ウルトラシャルソン」にも参加してくれ、また、これない時期でも毎回Tシャツを買ってくれます。ありがとうございます。

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経堂つながりのヒデさんは、数年前にソーヤ海さんのアーバンパーマカルチャーの書籍に関わった人で、自らの家(KYODO HOUSE)もその発想で半開放型にしてイベントなどを頻繁に開催しています。その設計中にPAX Coworkingのイベントに来ていただいたのが知り合うきっかけ。イベントだけでなく、時々道端でも会うご近所さんです。

PAX Coworkingで知り合い、ウルトラシャルソンカメラマンや土佐町での一日限りのパクチーフェスを一緒にやってくれた放浪のカメラマンの友人・石川拓也くんとヒデさんが、2年ぐらいまでに突然一緒に来てくれたことがありました。ニューヨーク時代に一緒だったそうです。

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ヒデさんの隣にいたグループは、元スタッフの中内くんと、彼が旅の途中でうちに遊びに来てくれた時に知り合ったお客さんらでした。なんで中内くんがこの人たちを知っているんだろう!と思ったらパクチーハウスで会っていたんですねw

一緒に来ていた安田さんはいつからの知り合いでしょう? パクチーハウスとPAX Coworkingのイベントはもちろん、洗濯機を引き取っていただいたこともありました。また京都にあるうちのお寺の縁もあったり・・・。しかもヒデさんとすでに接点があったそうです。これまたビックリ。旅人新年会に来パクしたのが最初(?)のともとんさんも安田さんのご紹介だったと気づきました。

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他にも経堂から、長年来てくれているあかねさん、最近初来パクから頻繁に通ってくれているブルガリア出身のミレーナちゃんも。ブルガリアといえばパクチーハウスで使っているパクチー蜂蜜がブルガリア産で、僕自身ブルガリアの田舎まで蜂蜜採集に行ったこともあるんです。

また、函館で今年コワーキングスペース「ミライベース」を始めたジャンボ中村さんも、東京コワーキングツアーの最後に一人で来てくれました。函館にもパクチー銀行の支店ができ、シャルソンが始まるといいなと思います!

カウントダウン77:メガジョッキと「Public’Speace」

あと77日の夜。

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前屈王子さん、神戸の義妹さんと。いつも立ち飲みスペース(Public’S’peace)を楽しんでくれる祥子さん、過去2回しか座ったことのない種市さんもご来パク。PAX Coworkingメンバーの平良さんも合流。

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祥子さんと初めて話したのがいつなのかは覚えていませんが、いつもさりげなく立ち飲みスタイルの交流スペース「Public’S’peace」や節目節目のパーティにいらしてくれます。東北復興応援ランニングイベントの「ウルトラシャルソン」を立ち上げようとしているときに、「岩手に縁があるから応援したい」と言ってくださり、勇気付けられました。それだけでなく、普段走る人じゃないのに、第2回ウルトラシャルソンに参加。パクチーハウス外でも何度もお会いしている大事な友人です。

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種市夫妻は最も座らないお客さん。席が空いても「Public’S’peace」にいらっしゃいます。昨年12月、そんなご夫妻に座ってもらおうと、「メガジョッキの会」を開きました。実はそれ以外にもう一回座ったことがあると、最近教えてもらいました(笑)。僕にとって興味深いお仕事されているので、閉店後も接点を持てそうです(被験者?w)。

立ち飲みxメガジョッキxパーティで接点ありそうなのに、ご夫妻と祥子さんらが初対面だったというのは意外でした。

paxiblack後から、PAX Coworkingの平良さんがメガジョッキを飲みに来てくれたので、合流。メガジョッキと「Public’Speace」はパクチーハウスの大きな流れを作ったなぁと思います。どちらも開店時はなく、メガジョッキは2008年8月30日(経堂ビアガーデンの記念すべき初回の日)から、「Public’Speace」は2009年4月7日から始まったと記憶しています。

また、閉店宣言直後に来てくれた前屈王子親子が、10日後のこの夜、神戸の妹さんと一緒に来てくれました。「とりあえず行かな」とフットワーク来てくださることに感謝します。

カウントダウン78:みんなサハラやメドックへ

あと78日の夜。

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経堂の新しいミュージックバーの開店祝いに行ってからの営業。たくさんの知人、そして旧友つながりの新しい友人も。そしてまた、バーで〆た夜。

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パクチーハウスの上にあるPAX Coworkingで開業準備したミュージックバー「bar PENTA」が午後5時にオープン。半年ほど前シカゴに視察に行かれていたので、開店祝い最初の一杯は、Goose IPAにしました。

開店直後に店に入ったのは僕を含めて4人でした。そのうちの一人が、ステージに敷いてあるオリジナルカーペットを製作した会社の方。つい1カ月ほど前、PAX Coworkingに打合せにたまたま来ていたのですが、9月でメンバーを離れたマスターが久しぶりにドロップイン利用をしていました。オリジナルのカーペットが一枚から作れると聞いて、あっという間に商談に突入。事例も作りたいということでいいお話にまとまったようです。こういう思いもかけないコラボレーションが無数に起こるのが子ワーキングです。最近カッコイイところが増えましたが、コワーキング内のコミュニケーションがぎこちないところが多く、残念。パクチーハウス東京と当時にPAX Coworkingを閉じますが、僕は色々なコワーキングに行っていい感じのコミュニケーションを作るお手伝いを今後したいとも思っています。

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開店直後に香菜子さん・登美子さんらのバリ舞踊グループ。5年前のクリスマスにガムラン演奏付きでバリ舞踊を行なってくれたグループ。海外赴任の多い奥様方で、いつも世界の色々なところから来たり、行ったり・・・。話を聞いているだけでも楽しいです。

香菜子さんと最初に会ったのは、たしか2010年のパクチーの日の数日前。パクの内弁当を買いたいと連絡があり、基本的にテイクアウトはしていない旨をまず伝えると、「私はパクチーの子と書いて香菜子なんです」という趣旨のことをおっしゃったので非常に印象に残っています。その後ずーーっと、お名前からして気になる存在です(笑)。

ちなみにパクチーハウスがテイクアウトおよび残った料理の持ち帰りをしていただいていない理由は、「この場所で食べて欲しい」からです。その分で売上を上げるより、その場で起こる何かが人生のチャンスになるかもしれないからです。珍しい料理、話題の料理を食べてもらうことより、ここで起こるアクシデントに重きを置いています。

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5月に初来パクしてその翌日にシブヤ大学の肩書に関するワークショップに来てくれた森岡さんは、その後毎月来てくれています。直後にモロッコを旅して、サハラマラソン行こうよと言い続けてきましたが、この夜まさかの出場宣言! こうしてみんな、人はサハラへ行くんです。いつも面白い人を連れてきている本人は至って普通に面白すぎる人! たくさん笑わせてもらいました。

一緒に来ていた河合さんは、この日はお客さんとして飲んでいたスタッフ・麻里絵ちゃんの友達でした。パクチーハウスに入ってすぐに盛り上がっているのを見て、周りもどよめきました。結構そういうことがたくさんある店ですが、その度に周囲も嬉しいサプライズです。

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隣に楽しそうなグループがいました。来パク時から目があって、その後3回ぐらい目があったので少し時間が空いた時にまじまじと見てみたら、話しかけてくれました。僕が20年ほど前に参加した世界青年の船(内閣府主催)の同期の多和田夫妻が主筆の離島経済新聞(リトケイ)のスタッフを勤めている松本さんという方でした。

多和田くんと最後に会ったのは4年前の那覇だなぁと懐かしく思い出していたら、松本さんが今は日田(大分)にいますよと教えてくれました。2カ月前日田にいたんですよ!惜しかったです。多和田くんの奥さんとは、本人経由でなくその前に知り合っていました。リトケイをしながらプロデュース(?)していた『せたがや区民手帖』の取材で来てくれてたんです。

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先日、多拠点居住に関するトーク&パーティで初めて会い、4日後には佐久(長野)のワークショップにも来てくれ、さらにはPAX Coworkingの忘年会にも参加してくれた山下さんが、サハラマラソンランナーの神山さんと来パク。山下さん、「出ない」って言ってたけど、数年もかからないだろうと思います。ものすごい行動力のある鍼灸師さん。楽しみにしています。

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3年ほど前に、パクチーハウスで出会い、メドックマラソンに出たいという話をしていた武田さんから嬉しい報告をいただきました。最近ついにサブ4(フルマラソン4時間以内)を達成したので、来年はメドックマラソンに出たいとのこと! その時からパクチー・ランニング・クラブに入ってくださっていたのですが、来年はついにボルドーで会えるんでしょうね。楽しみです。

 

なんだかもう、すべての人はメドックマラソンかサハラマラソンに、最終的には行ってしまうのではないかと思ってしまいます。

そして、スタッフと一緒にもう一度「bar PENTA」に行って一日を〆ました。酔い一日でした。

 

カウントダウン79: 自らパクチーハウスをやってください!

あと79日の夜。

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落チ語リの彩ちゃん、銀座ソーシャル映画祭の西村さん、京都から生春巻好きの植田さんが来パクしてくれました。

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彩ちゃんがやっている「落チ語リ」というのは彼女の創作演芸。

落語にしては動きすぎ
芝居にしては役を兼ねすぎ
朗読にしては本が無い
それが
彩遊戯の落チ語リ(いろどりゆうぎのおちがたり)

丹念に作り上げた創作演芸を1回か2回だけ演じています。場所はさまざま。舞台を探すのではなく、舞台を作って、飲食店やコワーキングスペース、銭湯などさまざまな場所でやっています。最近世界中で流行っているクラフトビールみたいな感じです。メジャーなところとは全然違う、趣深い味わいです。

彩ちゃんと会ったのは、数年前に僕に会いに来てくれたシェフ・清水さんの縁でした。清水さんとはサラリーマンから飲食の世界に転身したという共通点があり、しかもそのサラリーマンというのが僕の古巣・富士通で、僕が入社する前の日までいたという偶然がありました。当時、清水さんが仕事していたバーに食事に行った際に隣にいた2人組のうちの一人が彩ちゃんでした。思えばすごい縁ですね。

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銀座ソーシャル映画祭の西村さんとは、昨年「cinemo PAX」というタイトルで“映画見てトークしてパクチー食べる”ランチ会を何度か開催した時の縁で会いました。銀座ソーシャル映画祭も、同じ「cinemo」という市民上映の仕組みを使って運営されています。

「cinemo PAX」のオープニングとして、「cinemo」運営のユナイテッドピープル社長の関根健次さんを招いてパーティをした際に、西村さんが初来パクしてくれました。「cinemo PAX」には、節電生活/「ない」暮らしの稲垣えみ子さん、TSUTAYA図書館とパクチーで名高い前武雄市長の樋渡啓祐さん、新橋のペルー料理の名店「荒井商店」の荒井隆宏さんなどがゲストで来てくださいました。

各地で行われている「cinemo」の自主上映に、今後もぜひ注目して行きましょう!

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パクチーハウスの生春巻を愛してくれている植田さん、なぜか彼女が来る日はいつも早々に売り切れてしまうのです。余る日も結構あるのですが・・・。昨日は一人2本ずつ食べていただき、笑顔を見れて嬉しかったです。

植田さんと、もう2グループから、閉店について残念だという話から、結構長いことお話しさせていただきました。お客さんがたくさん来ていただいている中での店舗閉鎖という意思決定ですが、結構パクチーが広がって来た現状を見て、さらに普及させるために僕自身が動く必要があるという判断のもとの「無店舗展開」です。見通しは全くありませんが、パクチーハウス東京の料理を愛してくれるみなさまや、パクチーハウスの料理を店で出して行きたいと思ってくれる飲食店のみなさまのために、分かりやすい形でのレシピ公開など少しずつやって行きますので、ぜひ自らパクチーハウスをやってください!