送別はパク束で 武雄市長辞任

パクチーハウス東京にパクチーを届けてくれる佐賀県武雄市の市長を8年8カ月(今月で8年9カ月目)樋渡啓祐さんが佐賀県知事に立候補するため辞任しました。職員さんから送られた中にパクチーの束が入っていました(写真参照)。

2012年2月のパクチーハウス社員研修@釜山ミステリーツアーの途中で武雄市がパクチーをやるという報せを受け、翌日博多で秘密の会合。直後から他地域のパクチー農家さんへの視察などをアレンジし、秋には武雄との取引が始まりました。

最初の接点からちょうど1年後、パクチーハウス社員研修@武雄を敢行。忙しい中、市長も時間を取ってくれ、武雄とパクチーの将来について語りました。

贈られたパク束はこちらからご覧下さい。

 

旅スル人生〜韓国・中国でフリーハグ(報告)

11月8日(土)、面白い旅人がパクチーハウス東京にやってきました。彼の名は桑原功一(くわまん)くん。韓国、中国や台湾でフリーハグを敢行し、それを記録した動画で多くの人を感動させている人です。

彼の面白いところは、自らの数年間の体験を経てこの試みに至ったということ。フリーハグをやろうと決めて実行したのではなく、どちらかというと逆の思考を持っていた(本人談)けど、自らの旅の体験を通じて、一つのチャレンジとして始めたのです。

反日反中とか嫌韓とかという言い方がありますが、僕は人をカテゴリーで断じる主張をする人は残念だなと思っています。学生時代にいろいろな国を旅しているときに、“旅の達人”と言われるような人たちが「◯◯人って△△」なんだよ、とひけらかして旅慣れない学生たちに偉そうな顔をしていました。そして、そうやってカテゴリー化することにより、思い込みでしかその国の人と付き合っていないと感じ、この人たちは外国をふらふらしているくせに「旅をしていないな」と思いました。話しの切り口としては非常に分かりやすいのでついつい「へぇ」と聞いてしまうのですが、厚みや発展性がなかったので、そういう人がいると僕はそっとその場を離れていました。(“旅の達人”というのは、僕が出会った旅人たちが彼らを揶揄するときに使っていた呼称です)

くわまんくんはとても正直に語ってくれました。中国人・韓国人とか近い国の人に特に興味がなくて、白人・黒人と仲良くなりたいという発想を持っていたことや、旅先でダンスを踊る動画『Where the hell is Matt?』を見て自分も目立ちたいと思っていろいろ考えたということなど。でも、彼は旅を通じて心境が変化し、結果としてフリーハグをするようになったそうです。具体的にはフィリピンで語学の勉強をしているときに、周りにたくさんいた韓国人に助けられ、ともに遊んだことが原点のようです。

彼の話の中で印象的だったのは、フリーハグをする際に「自分から向かわない」ということでした。ボードにメッセージを書いてあるので、それへの反応を待つのだそうです。そして気になっている人が反応した人を見て行動に移すのを迎え入れるとのことです。自分の思いを押し付けるのではなく、相手の意思を尊重して動いてもらうのです。立場や考え方の違う人と対話をしたり関係をつくるときに、この手法は大きなヒントになるのではないかなと思いました。ついつい説得したくなる人が世の中には多いと思うので。

そして、トークライブのもう一つのポイントは複数のアイデンティティを持つということ。

彼の話はまた聞きたいし、またパクチーハウスに来てほしいなと思っています。

写真 1

以下、参加してくれたみなさんの感想です。

桑原さんがフリーハグをしようと思うまでのストーリーや
あの画面からでは伝わりきらない裏話や思いも聞けて、
実際お会い出来て本当に良かったと思いました。
ご自身が感動した気持ちに正直に行動した、そんな積み重ねが今に
つながっているのですね。
これからの桑原さんのご活躍、
愛ある動画作りを心より応援しております!
私も日々の心の機微を大切にしたいと改めて思いました。

 

フリーハグ動画で・・・近距離で、ハグした相手が動画に映ってくださるように一歩ずつ焦点距離と、ココロの距離を縮めていけたらいいですね。

 

貴重なトークライブをありがとうございました!
桑原さんの語る「正直な言葉」が私の勝手な思い込みに、鋭くささっていきました。やっぱり、実際に会うことって大事ですね。
桑原さんの「世界を感動させる動画」への挑戦。心から応援します!

 

実際に知ることで、自分のもっていた偏見を克服する。それだけでなく、ハグという行動にうつす。
一般論や居丈高ではなく、桑原さんの葛藤や想いを感じられるお話でした。

 

みなさん、色んなストーリーを持ってらっしゃる方ばかりで、桑原さんのトークを始め、あっという間の時間でした。楽しかったです。
アイディンティティの話にはなるほど!と思いました。人には色んなアイディンティティがあっていいということ。自分も沢山アイディンティティを持ちつつ、色んな人と付き合っていきたいと思いました。

 

写真 2

パクティー、バラ売り始めました

パクティー販売、アマゾンでもバラ売り販売を開始しました。ご自宅でも常にパクチーを、という方にオススメです。

 

パクティー(葉:ジャスミンブレンド) 890円
パクティー(種:キーマン紅茶ブレンド) 890円
パクティー(根:プーアル茶ブレンド) 890円
パクティー3種セット 2,376円
パクチーハウス東京オリジナルUKIHASHI 890円(2015年3月10日までのキャンペーン)
パクチー麺(3袋セット) 1,944円

【ありがとう】パクチーハウス東京7周年です=11月20日

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

11月20日に7周年記念パーティーを行ないます!

パクチーハウス東京7周年 ありがとうございます

どなたでも参加できます。楽しい時間をともに過ごしましょう!
参加表明はこちら。メール・電話でもどうぞ!

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

パクチーハウス東京のKyo paxiです。

パクチーハウス東京は11月20日で7周年を迎えます。これまで継続できたこと、そして、たくさんのお客さんとの出会いにより常にたくさんのアイデアやヒントをもらい店を発展させてこれたことを嬉しく思います。

僕のパクチーとの深い関わりは、日本パクチー狂会という半分冗談(半分は本気!)で作ったウェブサイトから始まっています。「日本パクチー狂会の会長です」と自己紹介することにより、訪れる飲食店で経営者や料理人の人とお話がしやすくなりました。

その後、パクチーに関する情報発信を続けていたところ、さまざまな情報が集まるようになりました。そして学生時代から続けている自分の旅の経験を生かして「旅と平和」をテーマに日本社会を面白くし世界を楽しくするための事業を興そうと考えていたときに、結論として最初の第一歩に選んだのが「パクチーハウス東京」です。

やるからにはこだわりたいので、
すべての料理にパクチーを使用
・可能な限りパクチーを集め、追パク(ついぱく)を無料で提供
を徹底することにしました。そして、それによりパクチー料理専門店を名乗ることにしました。

当時、パクチーの知名度はまだ低く、ほとんど好きな人はいないどころか日本人のほとんどは嫌いと思い込む人が多い状態。しかし、僕は日本パクチー狂会を運営していた経験上、パクチー好きはそれなりにいるとの実感を持っていました。

マニアックなのは承知の上、そうであれば、そういう人を集まる仕掛けを作ればいい。飲食店の多くが商圏を500mから1kmで考えていますが、僕は店を開いてほどない頃から商圏20,000kmと公言し、世界中からお客さんを歓迎することにしました。

店の雰囲気は旅先のゲストハウス。イメージはヨーロッパの夏の広場。たまたまそこに居合わせた人が気軽に会話を始め、とても明るい空間でビールを飲みながら陽気に笑う——。膝付き接客や客席の個室化でお客さん同士やお客さんと店員のコミュニケーションを次々に無くしてきた日本の多くの飲食店が個人的にとてもツマラナイと思っていたので、その真逆な空間を作ろうと思いました。

パクチーハウス東京が交流する飲食店を名乗っている理由には、こういう背景があります。モノとお金が溢れているのに、毎日を楽しいと思わない人が増えています。忙しく、所属するコミュニティが少ないことがその原因であると、約10年間の社会人生活を経て、飲み会が大好きな僕は確信していました。知らない人と話し、自分とは違うものの見方や人生があることを知るだけで、豊かになります。料理を提供するだけでなく、開かれた場所でお客さんにいろいろな人との出会いを楽しんでほしいと思っています。可能な限り相席にし、立ち飲みスタイルの交流スペース「Public’S’peace」を用意しているのはそのためです。

「ありえない」「無理でしょ」「危険だ」。
専門家といわれる人たちに、起業前に相談したときに言われたのは、こんな言葉の数々でした。しかし、たくさんの方々の協力があり、丸7年ありえました。今ではパクチーが嫌いな人は世界に一人もいないと信じています。苦手だと思い込んでいる人はまだまだたくさんいますが。

さらに最近になって、パクチーに注目する飲食店も増えてきました。この数ヶ月で、僕が知るだけでも3つのパクチー料理専門店ができましたし、パクチー食べ放題やパクチー大盛りをメニューに表記する店はもはや数えきれません。

パクチーを薬味から主役へという、日本パクチー狂会時代のスローガンは、現実のものとなりました。パクチーがどこでも購入でき、その辺にもいっぱい生えている時代も近いと思います。

7周年パーティで、楽しくパクりながら、いろいろお話ししましょう! お待ちしています。

[日時] 2014年11月20日(木) 18:30開場、19:00開宴
[場所] パクチーハウス東京(世田谷区経堂1-25-18-2F)
[参加費] 3,500円(飲み物はキャッシュオン)
[ドレスコード] Something green
[facebookイベントページ] https://www.facebook.com/events/1498544490417000/

パクチーハウス東京 7周年パーティにぜひお越し下さい!

研修報告書:メドックマラソン2014 by 平野武(その4)

日時:2014.9.11~2014.9.15
経路:東京~ベトナム~フランス~カタール~東京。
総移動距離:約27000km

4日目・5日目、フランス~カタール・ドーハ空港~羽田空港

カルカン~ボルドー/60km
ボルドー~シャルルドゴール空港/600km
シャルルドゴール~ドーハ空港/5000km
ドーハ空港~羽田空港/8300km

 

早朝にカルカンを出発し、ボルドー市街へ。ボルドーからは社長と別れ、スタッフはTGVでパリ・シャルルドゴール空港まで直行した。次はベトナム・ホーチミン。ベトナムは大好きな国で、合うべき人との待ち合わせや行きたい店も調べていた。しかしチェックインの時間が過ぎていて、飛行機に乗れないという事態に。あわてて恭さんに電話をし、チケットを手配してもらい、結局カタール経由で帰ることとなった。ちなみにこの日はストライキ前日で、空港のチケットカウンターは人混みで溢れていた。

1006079_535932933203543_8525415388512566585_n

フライトの待ち時間で再び恭さんと合流。再度見送られることになったが、無事にフランスを跡にした。ドーハでは乗り継ぎだけで何もせず、無事に羽田空港に到着。電車やバスが終わっていたので、タクシをーを乗り合わせて帰宅した。世田谷線で先に下車し、その足で知り合いの店に向かう。メドック完走の戦利品「リーデル」のワイングラスにワインを注いでもらおうという思惑だったのだが、見事に休みだった。最後の最後も思い通りにはならず、旅は思い通りにはいかないなと実感させられた。


1798693_535932976536872_6249589049430659219_n

【まとめ】

入社して初めての社員研修がメドックマラソンで、とても光栄に感じた。『会社が推奨するシャルソンの原点であるメドックマラソンを肌で感じて欲しい。』という社長の想いを受けての参加させていただいたが、想像以上に感動的だった。世界中から人が集まり、仮装してワインを飲み走る。言葉が通じなくてもカタコトの英語やノリで、国境を越えてコミュニケーションがとれる様子はとてもピースフルで感動した。『交流する飲食店』であるパクチーハウスに働く身としては、今後この気持ちを胸にお客様と接していきたい。

また初めてのフルマラソンを無事に完走できたことで、ランニングに対してのの自信もつき、忍耐力も養われたと思う。私は今までいくつかのシャルソンに参加してきたが、それは一参加者として楽しむだけだった。しかし今回のメドックマラソンを終え、今後のシャルソンへのモチベーションも変わってきた。偉そうにシャルソンを語るとかではなく、自分がこれから出会う人達にメドックで楽しんだ経験をどんどんシェアすることで、シャルソンやメドックマラソンに興味を持ってくれる人を増やし、シャルソンの認知度を高めていきたい。そしてこれからも色んなシャルソンに参加し、楽しみ、経験を増やし、それを色んな人にシェアしていきたい。その為には自分の走力を高め、もっと余裕を持って走れるよう、今後のトレーニングに励みたい。

                                     以上

 

研修報告書:メドックマラソン2014 by 平野武(その3)

日時:2014.9.11~2014.9.15
経路:東京~ベトナム~フランス~カタール~東京。
総移動距離:約27000km

3日目、フランス

カルカン~メドック/往復80km

 

前日に鍵が受け取れないのと同時にマラソンのゼッケンもない状態だったが、フロントが開かなかったので、そのまま出発しメドックマラソンの会場に向かう。会場はメドックのポイヤック村。ワインに詳しくない私でも知っている有名な5大シャトーのうちの、ラフィット・ラトゥール・ムートンの3銘柄を有し、フランスで飛び抜けて品質の高いワインを産出するそうだ。続々と参加者が集まる中、受付でなんとかゼッケンを入手。パクチーランニングクラブの方々と合流しスタート地点に向かう。

1014420_869367329749240_5245529683681314190_n

【メドックマラソン2014】

本研修のメイン。会社が推奨する『シャルソン』のモデルとなる大会で、参加者が仮装し、各シャトーを巡りながらワインや料理をいただき、42.195kmのフルマラソンを走るという異色なマラソンである。今年は30回目の節目で、例年より多い1万人以上の参加者が集まった。うち日本人は約450人と、日本での人気も伺える。

スタート地点は、あらゆる仮装をした人で埋め尽くされ、屋台が出ていたり、サンバを踊る人がいたり、集合写真を撮るステージがあったり、想像以上にお祭りムードだった。最初からテンションが上がってしまい、スタートする頃にはスタッフとはぐれてしまうという失態。幸いパクチーランニングクラブの方々と一緒だったので、そのままスタートを切ることとなるが、感動のスタートをスタッフと共有できなかったことは残念だった。

10626535_535932149870288_2544053598067583960_n 10685348_535932169870286_7101845312058684344_n

【スタート~10km】

カウントダウンの後、花火と共にスタート。1~2kmぐらい走ったところで最初の給水所があったが、まだワインはなし。恭さんとと合流し先を急ぐ。5kmぐらいで最初のシャトーに到着し、初のワインを頂く。青空の下、シャトーの中で仲間と飲むワインは格別だった。

ここからは、1km間隔もなく次々とシャトーが現れる。過去の参加者の話では、今年は序盤に給水所(シャトー)が集中していたそうだ。色んなワインを飲んでテンションが上がり、足取りも軽やかに先へと進む。

10686655_535932276536942_8422962496818484927_n

【10~20km】

急に給水所がなくなり次への距離が遠くなる。気温は28℃で日差しも強い。広大なぶどう畑の中を走るので基本的に日陰もないし、砂利道を走ることもある。さらに仮装しているので、徐々にこのマラソンの大変さを感じていくこととなる。会話をして楽しいながらも、真面目に走るようになった。

1798723_535932293203607_1673390875586981465_n

【20~30km】

疲労からワインが飲めなくなる。25km過ぎから膝に違和感を感じ、ペースダウン。恭さん達とも別れ、一人で走る事になった。さらに途中から歩くことになったが、隣から『私ちょっと遅くなるので先に行ってください。』という声が聞こえてきた。集団で走っているとペースが違うので、バラバラになるのは当然である。同じ状況の人が隣にいると、自然と目が合い、挨拶をし、一緒に歩み始める。普通のマラソン大会では有り得ない事がメドックマラソンでは普通に起こる。素晴らしい体験だった。ちなみにこの方とは後にFacebookで友達になった。

10703756_535932336536936_4954825869673194126_n

【30km~ゴール】

30km過ぎから膝が痛くなり、完全に走れなくなった。ここからは自分との戦い。残り時間と距離を計算し、10min/1kmのペースで黙々と歩き続ける。36~37kmくらいでパクチーランニングクラブの方と合流し気が紛れる。38km地点からいよいよ料理が振る舞われる。牡蠣に夢中になっていたらまたしても仲間を見失ってしまうが、時間がないので先を急ぐ。お次の肉料理は人気のため一口しか食べれず、最後はアイスを頂く。どれも美味しかったが、時間内でのゴールを目指していたのでゆっくりせず先に進む。最後の2kmは気力で走るが、わずかの距離が途方もないくらいに感じた。

そしてゴール。正式な時間は分からないが、6時間24分で時間内で無事にゴールすることが出来た。しかし前列の人達が手を繋いで楽しくゴールする中、満身創痍で一人寂しくゴール。混雑するゲートをくぐり外に出てあたりを見渡すと、スタッフの佐保さんがいて『お疲れ様です。』の声をかけられたとき安堵した。

パクチーハウスは4人中2人完走。自分がダメだったら、完走者が社長のみという不甲斐ない結果に終わるところだった。そう思うと自分が完走したことに会社としての意味を見いだせた。

10369114_535932656536904_3957666184269721069_n

【アフターメドック】

会場となりのスーパーで食材を買い出し、ホテルへと帰る。ホテルが近づくと、実はその先に海があるという話になり、せっかくなので海を見に行った。広大な砂丘があり、そこを超えると大西洋が広がる。眩しい夕日の中、サーファーや家族連れがで賑わっていた。

10386378_535932746536895_8174764281187097877_n

ホテルに戻ってからは、シャワーを浴び、ホームパーティー開始。私は運転にマラソンに疲れが溜まってしまい、楽しい宴の中、皆より先に寝てしまった。

10403647_535932793203557_2618644402403557647_n

 

研修報告書:メドックマラソン2014 by 平野武(その2)

日時:2014.9.11~2014.9.15
経路:東京~ベトナム~フランス~カタール~東京。
総移動距離:約27000km

2日目、フランス

ベトナム・ノイバイ空港~パリ・シャルルドゴール空港/9200km
シャルルドゴール空港~ボルドー/600km
ボルドー~カルカン/60km

 

【ドライブ】

ベトナムからのフライトが遅れたものの無事に到着し、恭さんと大阪の石田さんと合流。レンタカーを借り、いざボルドーへ600kmのロングドライブ。初めは石田さんに運転してもらったが早々に交代し、海外で初めての運転。左ハンドル・右側走行に最初こそ緊張はあったが、慣れてしまえば問題なかった。

10689520_535930453203791_6760279351162831950_n

【ボルドー市街】

恭さんのお母さんと合流し、車を停めて歩いて街へ繰り出す。街中には世界遺産の大聖堂やオペラ座などの歴史的な建築物があったり、一般の建物の中もリフォームされたりしているそうだが、外観は昔のまま残されており景観を損ねない。どこを切り抜いても絵になりそうな美しい街並みだった。過去にテレビで見たことのある場所もあり、そこに自分が立っていることに感動した。

夕食はパクチーランニングクラブの方々と、総勢20名くらいで会食。初めて会う方ばかりで、また新しい出会いの場となった。

10665276_535930539870449_4536312204752859089_n

【カルカン】

ボルドーから約60km、海の近くのホテルに移動。到着時刻が遅すぎたため、フロントが閉まっていてチェックイン出来ず。たまたま通りかかった他の宿泊客からの情報により、なんとか鍵を入手。寝床を確保することが出来た。

10669985_869366923082614_9363572801659404_n

研修報告書:メドックマラソン2014 by 平野武(その1)

日時:2014.9.11~2014.9.15
経路:東京~ベトナム~フランス~カタール~東京。
総移動距離:約27000km

1日目、ベトナム

成田空港~ハノイ・ノイバイ空港/3700km

 

【タクシー】

到着後、空港外に出るつもりが、間違えて乗り継ぎのゲートをくぐる。事情を話し外に出させてもらい、その際 日本人女性と接触し、市街までタクシーを乗り合うことに。優良そうなタクシーを見つけ値段を聞きくと、50万ドン...聞いたはいいが相場が分からなかった。そして運転手は別の人で、到着後80万ドンの請求。早々にベトナムの洗礼(ぼったくり)を受けそうになったが、『さっきの彼が50万と言ったから、それしか払わない。』と回避。後に聞くと、実際はもうちょっと安かったそうだ。さらには空港から来るより、空港に向かうの方が安いという謎の料金体系を知った。

1979547_535929376537232_3932194278116170142_n

【Queen’s Coffee Japan】

日本人が経営するクレープ押しのカフェバー。店を切り盛りするのはマネージャーの井上 翔太さん(あだ名:ゴルゴン)。ベトナム紹介サイトべとまるで何度か登場し、22歳という若さでボリビア留学、大学中退、ベトナムでクレープ屋という面白い経歴を持ち、気になる人物のひとりだった。ベトナム人従業員を育てる難しさを聞いたり、パクチーにも興味を持ってくれたので、パクチークレープを作るようにオススメした。

10612674_535929329870570_7862938513177246617_n

【ホアンキエム湖】

長寿の大きな亀がいて、それにまつわる伝説などがある有名な湖だが、特に感動はなく普通の湖といった印象。その近くのハノイ大教会(セント ジョセフ教会)にも行ったが、そちらの方が魅力的だった。騒々しい街中を進むと突如現れ、古びた様相に目を惹かれる。近所にカトリックの小学校があり、元気な子供達で賑わっていた。ベトナムはフランスの植民地だった影響で、街にも食にも生活の中にヨーロッパの文化がとけ込んでいるのが面白い。

 

【ビンミン】

高円寺にあるベトナム串焼き店の本店。ホアンキエムより少し離れたところにあるが、日本人がよく来るのか、目があった瞬間に席を案内された。高円寺は唐辛子がふられスパイシーでしっかりとした味付けなのに対し、本店はシンプルに塩で焼かれた感じ。テーブルに甘辛いタレが用意されていて、お好みで付けるスタイルだった。本店の方が美味いと聞いていたが、好みの問題だと思う。

1920392_535929406537229_456376649078525831_n

上記の他にも、ホアンキエム湖周辺のレストランでフォーボー(牛のフォー)と揚げ春巻き、屋台でブンチャー(肉入りつけ麺)を食した。

ベトナムでのメインは食についてだったが、全体的にあっさりとした味わい。濃い口な自分の作る料理はやはり濃い味になりがちなので、今後も注意をしなければと感じさせられた。そしてもう一つ、アジア料理店で働いていたときにお客様から『現地の方がもっとクセがある!』と言われることが度々あったが、決してそんなことはなく、基本的に日本人の口に合う料理だと再確認できた。もちろんクセのある食材もあるし、初めて食べる食材もある。それらの強烈な印象から、ベトナム料理全般が癖があるものと思い込んでいるのではないかと思う。パクチーもしかり。ちゃんと食べたことがないのに、臭い・苦いと言ったイメージを持っている食わず嫌いが多いと思うので、それを払拭できるような料理や接客をしなければと改めて感じた。

 

保健所も89(パク)

おはようございます。パクにこだわり続けて8.9年以上のKyo paxiです。

パクチーハウス東京は来月20日で7周年を迎えます。当日は盛大にパーティやりますので空けておいてくださいね。

というタイミングで、保健所からの営業許可の期限満了のお知らせが来ました。近々更新の手続きに行って参ります。

実はパクチーハウス東京の許可番号の下2桁は「89」なのですが、この度支払うことになる更新手数料が「8900円」ということが判明しました。

写真 (3)

以上です!

旅と仕事

牛田 うっしぃが昨日ラオスに旅立ちました。 株式会社旅と平和の勤続旅休暇制度、初めての適用。スタッフがもっともっと旅できるような流れを作りたいな。

パクチーハウスの楽しみ方

パクチーハウス東京では年に2回、スタッフ研修であちこち行っていますが、それだけでなく個人の楽しみとして旅を続けられるようにしたい。飲食店の仕事というのは意識の持ち方によってそれ自体が「移動しない旅」となるが、「移動する行為」それ自体も、とても重要。目前にさまざまな風景を流せば流すほど視野は広がり心は豊かになるから。

パクチーハウス東京はスタッフを募集しています。料理を本格的に学んで来た人で、パクチー料理の開発に挑戦したい人。そして飲食店等サービス業で勤務経験があり、自炊を含めて料理を作ることが好きで、店舗運営をしてみたい人。どちらも「常識にとらわれない」「好奇心を強く持っている」ことが重要です。

勤続旅休暇の利用を目指して長期で働くもよし、自身の独立や旅立つその日までなど1−2年の短期で働くもよし。

「いいな!」と思ったら、これ読んでパクチーハウスで話しかけてください。

 

パクチーハウス東京
Kyo paxi