カテゴリー: Media
パクチーハウスのコンセプトをそのままオフィスにしたらコワーキングができた
【cinemo PAX vol.2】前武雄市長・樋渡啓祐さんと考える【地方都市の活性化】〜映画『幸せの経済学』見て、トークして、パクチーパーティ!
開催まであと5日!
前武雄市長の樋渡さんのことはよく知っている方が多いと思いますが、僕がしていることをパクチー以外知らない方も多いと思いますので、当日までにいくつか投稿させていただきます。(その2)
“交流する飲食店”を展開させようと考え、自分で焼く立ち飲みBBQ「鳥獣giga」 という新業態を作ったこともあります。ジビエがまだ注目されていない頃、自然の肉・自然の野菜・質のいいお酒を好きなだけ飲み食いするお店です。オーガニックや自然食品は女性向けに供されることが多いですが、健康診断でひっかかることを勲章などとのたまうサラリーマン男性こそがそういういいものを必要としているということで、医者に言われて「◯◯を制限して」健康を得るのではなく、好きな物を好きなだけ飲み食いして健康を維持するための店でした。時代を先取りしすぎてごく一部にしか理解されず、半年で閉店しましたが!(笑)
それとほぼ同時に立ち上げたのが、東京で最初のコワーキングスペース「PAX Coworking」です。パクチーハウス東京は“交流する飲食店”として相席を推奨し、誰でも参加できるパーティを年10〜40回ぐらい開きました。パクチーハウス東京は海外のゲストハウスのように誰もが気軽に会話ができる雰囲気をイメージしてつくりました。お客さん同士が会話をして、その場をより楽しんでくれればいいというぐらいの気持ちで始めましたが、お客さんの行動は僕の想像を遥かに超えました。隣に座った人たちと次回一緒に予約してくれたり、店内にある立ち飲みスタイルの交流スペース「Public’S’peace」でいくつかのグループでグルメツアーの会みたいのを立ち上げたりという事例をたくさん見ました。また、パーティで会った人と一緒に会社を作ったという話や、初めて出会った人との話から職業観を変えて転職を決めたという話も。人と人とが交わると人生が変わり、世界が変わるんだなぁと思いました。
1日数時間の食事の時間よりも、毎日8時間とか10時間とかを過ごす仕事の時間にコミュニケーションと笑いをもたらせばより大きく世界は変わるし、個々の人生豊かになるのではと直感しました。パーティと仕事を混ぜることを思いつき「パーティするように仕事する」という妄想を抱きました。考えること約8カ月と9日。偶然SNSでコワーキングのことを知り、僕の妄想は世界にはすでに存在していたんだと嬉しく思いました。こうしてアメリカに端を発し、ヨーロッパにそのコンセプトが伝わりつつ合ったコワーキングをやってみることにしたのです。
今では新聞等でもほとんど注釈なしで「コワーキング」という言葉が使われるようになりましたが、当初は「日本人に馴染むわけのないワークスタイル」というようなことを言われたりもしました。コワーキングという言葉自体の知名度を上げるためには相当苦労しましたが(パクチーより大変でしたw)、日々「PAX Coworking」で起こる出来事に支えられながら続けました。
コワーキングについては4年半前に『つながりの仕事術 コワーキングを始めよう』(洋泉社 新書y,2012)という書籍にまとめています。残念ながら絶版となりましたが全文をネット上で公開していますので、ぜひお読みください。
http://pax.coworking.jp/lets-start-coworking/
パクチー(paxi)で天下統一
【cinemo PAX vol.2】前武雄市長・樋渡啓祐さんと考える【地方都市の活性化】〜映画『幸せの経済学』見て、トークして、パクチーパーティ!
開催まであと5日!
前武雄市長の樋渡さんのことはよく知っている方が多いと思いますが、僕がしていることをパクチー以外知らない方も多いと思いますので、当日までにいくつか投稿させていただきます。
パクチーハウス東京は“交流する飲食店”というサブタイトルをつけており、さながら海外のゲストハウスのように人と人とが気軽に交流できる空間を目指して作りました。世界が平和でより良い場所になるためには、国(その他)という立場を超えた発想を持つ人が増えることが必要で、かつ、そういう発想を持つ人同士が一人ひとり関係を築くことが大切だと旅を通じて思いました。それを英国・ブラッドフォード大学の大学院(平和学専攻)で修士論文で書き、それを実現するための一つの方法としてレストランを作ったのです。
パクチーを選んだ理由ですが、パクチーはこの構想ができた10年弱前は日本では極めてマイナーな存在でしたが、外国への旅行や異文化との交流(国際交流や外国料理店への関心など)をしている人が知っている野菜でしたので、パクチーと聞いて「ん?」と思う人は旅人としての僕の感覚を直感的に理解してくれると思ったからです。そういう人を店に集めて、その人たちと一緒に「その先」のことをしていこうと考えたのです。
パクチーは英語でコリアンダー、中国語で香菜、スペイン語でシラントロ、ヒンディ語でダニヤ・・・などなど世界で様々な名称がありますが、ほとんど普及していなかった日本では定まった呼称がなかったため(一応和名は学名からコエンドロとされていましたが誰も知らなかった)、名前を統一しようと思いました。そこで選んだのが「パクチー」という音。響きの良さはもちろん、「パクチーは嫌いだけどコリアンダーは食べられる」という誤解的発言をする人がかなりいたため、“好き嫌いがはっきりする”という文脈でよく使われる「パクチー」は言葉としてとても強いと思いました。(パクチーはメディアだと、それ以前から主張しています)
そのパクチーに、僕自身の感覚(旅人が平和を創る)を込めて、「paxi」と綴ることにしました。「pax」はラテン語で平和という意味、「i」は旅人を表しています。世界でさまざまある呼称・スペルを、いつの日か「paxi」に統一したいと目論んでいます。
Kyo paxi
『ビジネス・フォー・パンクス』
『週刊パクチー通信』
Mediumで面白い試みをしている人を発見!
その名も『週刊パクチー通信』。第12回にパクチーハウス東京のことを書いてもらったことをきっかけに知りました。今後注目します。みなさまも、ぜひフォローを!
「実はふたりともパクチーが苦手であること、だけど訳あってパクチーを研究していること」が書かれていて、どんな方か興味深いです!!!
「すみません、メニューを取っていただけますか?」
そう、席に着いた時から不思議に思っていたのだが、パクチーハウスは基本的に「相席」なのだ。私たちもふつうの4人用のテーブルを、仕切りもなく腕が当たってしまいそうな距離で2人2組で使っていた。店内を見やると、8人用の円卓も3組で使っている。おまけにメニューも1テーブルに1つである。他人との会話が生まれやすいつくりになっているようだ。
後から調べてみると、パクチーハウスは“交流する飲食店”をコンセプトに掲げていた。相席もメニューのことも、交流のしかけと言えるだろう。功を奏していると思った。しかも、「パクチー」という強烈で特殊なコンセプトに惹かれてあつまっている人びとだからか、店内の一体感が半端ではないのだ。
パクチーはもちろん、パクチーハウスという空間を楽しんでいただけたようで嬉しい限りです。
ぜひこの記事、読んでください!!! ⇒「つなげるパクチー」
パクチーの日
今日はパクチーの日。Twitterで検索すると、パクチーの日を含む投稿かリツイートが毎分のようにある。制定したのは11年前。
日本パクチー協会が制定したと書くニュースが続出。間違っています。日本パクチー狂会です。メディアが書きまくると過去が塗り替えられるので、当人としてここに記しておきます。
日本中のパクチー関係者、パクチーを出している店舗などが、8月9日にかけていろいろな企画をしてくれています。嬉しいことです。中でも嬉しかったのは・・・僕が社会人デビューをした会社である富士通株式会社が、脈絡はないけど「パクチーの日」を扱ってくれていること。
今日は「パクチーの日」。コリアンダー、シャンツァイ、中国パセリ、香草とも呼ばれます。パクチーの好き嫌いには遺伝子が大きく関与していて、ある遺伝子に変異がある人はパクチーを石鹸のような香りと感じてしまい「パクチー=非食品」と認識してしまうらしいです。カメムシと匂いの成分が同じとも…
今日は緑で行きましょう! もちろん、パクチーハウス東京では例年通り盛大に祝うパーティを開催します。18時半開場・19時開宴。
☆タイの台所 パクチーフォー☆
パクチーがたっぷり入ったチキン味のフォーです。
8月9日の今日はパクチーの日ですね~!ぜひ、食べてください♪#パクチーの日 pic.twitter.com/JHcJ7xw3sG— タイの台所 (@allied_corp) 2016年8月9日
8/9の今日は「パクチーの日」。パクチー狂会(←正しい)さんが制定。好みがはっきり分かれるこの食材ですが、日本酒に合うという話も。どんな日本酒に合うのでしょうか。パクチー好き&日本酒好きの方のご意見お待ちしております(๑¯ω¯๑) pic.twitter.com/ZHYNW9Y80L
— 日本名門酒会 (@meimonshu) 2016年8月9日
ボンジュール☆
昨日はあまりこちらに来れなくて残念だったのであーる(;´∞⊂)今日もよろしくであーる♪ちなみ今日はパクチーの日だそうであーるよ!独特な香りと味がクセになるであーるな* pic.twitter.com/CzuePIyesN— ムッシュ・コイケヤ (@MonsieurKoikeya) 2016年8月9日
農大通りの中心でパクチー!と叫ぶ!
クセになる!パクチーレシピブック
パクチーの日まであと89日!
パクチーのニュースを見かけない日はないぐらいの状況となりました。パクチー狂会旗揚げから約11年。とても嬉しいです。
昨秋発売のムック本『絶品パクチーレシピ』で一緒に掲載されたエダジュンさんが、6月2日にパクチーのレシピ本を出版するそうです。おめでとうございます。拝見するのが楽しみです! たくさんの料理人により、どんどんパクチーのレシピ本が出るといいな。「パクチーは薬味から主役へ」というスローガンで日本パクチー狂会を始めましたが、先日のお台場でのパクチーライブにおいて「パクチーはブームから文化へ」と宣言しました。普通の家庭にはパクチーが冷蔵庫に入っている、そんな時代も近い!?
では、みなさん、ガンガン買って、パクパク食べて、どんどんオススメしてください。
僕のパクチー本もよろしくお願いします!(笑)
エダジュンさんと一緒に載っているムック本はこちらです。
パクチーハウス店主に経歴詐称疑惑
4月1日発売の『週刊文春』でパクチーハウス東京の店主が経歴を詐称している可能性が指摘されている。
ショーンPこと、ショーン・パクアイドル佐谷は、所属していたとされる京都大学での出席率が極めて低かったと数年前から指摘があったが、留学先のイギリスでも大学院の講義より酒場での目撃率が高かった。また、修士論文の指導教官とも意見が合わず、論文の骨子を決める前に英国から出国したとの記録が残っている。
パクチーハウス東京は当初からその存在が「ありえない」とされながら、設立の発表から8年9カ月経った今も店舗運営を続けている。3年続けばいい方とされる飲食業において、新聞、テレビ、雑誌などの取材を890回以上も受け過剰に存在をアピールする同店には実に怪しい「事実」が積み重ねられている。
京都大学総合人間学部卒業?
京都大学総合人間学部の入学式でショーンPと知り合ったという現ハノイ大使館勤務の男性I氏によると、ショーンPは常に大学を通り過ぎて三条木屋町方面へ向かっていたという。「大学で会うとしたら学割証を取りにくるときぐらいでしょうか。頻繁に国内外をウロウロしていましたよ」と指摘。「朝ごはんは米に限る」といいながら米どころ宮城県出身者らと朝から日本酒を飲むことも。ショーンP本人がインタビューなどでも「大学生活4年間のうち通算すると1年ぐらい海外を旅していました」と述べているが、国内の旅も含めるとほとんど京都にはいなかったことになる。卒業式には顔を見せたが、なぜかアフリカの民族衣装を着ていたそうだ。
大学の教官からもこんな声が上がっている。「卒論発表会の時期をずらしてくれと言うんです。そんな学生は前代未聞。結局ごり押しで一人卒論発表会を行なって、ほかの多くの学生が仕上げに苦労している頃にはインド洋を船で渡っていましたよ」。誠に勝手である。
大学の試験をレポートに変えてほしいと何度も依頼された中国人講師(当時)も嘆く。「私が設定した試験日に『受けられない』と言うのです。あなたの出身国にも行くし中国語で旅行記を書くから認めろと強く主張されました」。帰国後は授業時間を使って中国語で書いた旅行記を音読。大学の講義を自らの発音チェックに私物化していたようだ。
その他、「講義は眠い」と自分勝手な発言を繰り返し、ゼミ形式の授業ばかり登録していたという。ほとんどの学生が発言しないのをいいことに、「授業初日に場を仕切って自分の好きなテーマでの発表を決めてしまう。発表のない日は姿を現さないこともあった」(前出指導教官)。また、海外一人旅から帰る度にゼミに突然顔を出し、持論を展開。『書を持って旅に出よう』と、純粋な他の学生たちを洗脳した。寺山修司の『書を捨てよ町に出よう』のパロディだが、この頃からパクり癖は変わっていないようだ。
英ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)?
ショーンPは大学卒業後、大手電機メーカーと立ち上げ直後のベンチャー企業で勤務した。このわずか5年の間に南インドを半周したほか、ユーラシア大陸を2度も横断したという。当時の日本の一般企業の常識からしてありえない。そして、自らのテーマである「旅と平和」をテーマに論文を書くとして婚約者を置いてイギリスに渡った。
イギリスでは“平和学が初めて大学の専攻になった”というブラッドフォード大学の大学院で平和学専攻コースに入ったことが判明している。同じコースに所属し、修了後は国連機関を渡り歩いている日本人の同級生N氏に話を聞いた。「社会人経験がある方だったので頼りにしていましたが、ウサギ肉を捌いて食べようと言い出すなど、突拍子もない印象があります。また、私が出席できなかったHuman Rightsの講義の内容を尋ねとき、『人権に関する話だったよ』というのです。講義の内容を全く理解していなかったんでしょうね」。
イギリスの大学院は9月に始まり5月に全ての講義・ゼミが終わる。その後夏休みなどはなく、そのまま論文執筆期間に突入し、入学からちょうど1年ぐらいで過程を終えることになる。休みがほとんどないため、アメリカ等の教育機関に比べて早く卒業できる。課題提出も多く、かなり忙しい日々を送るようだ。そんな中、ショーンPは「寮にいても腐る」といって週のうち4日ほどブラッドフォードから逃避していた。スコットランドやウェールズのパブでクレジットカードを使った記録が多数残っている。ショーンPの英語力のなさは同級生の発言などから明らかで、分かりそうで分からないイングランドにいるより、訛りの強い地方に行くことで安心感を得ていたようだ。ショーンPはシベリア鉄道に乗車した体験談においても「酒を飲めば言語はいらない」と発言している。
ショーンPの大学院での論文を指導すべき立場にあった英国軍出身のドクターDは、振り返る。「英国におけるマスターコース(MA=修士課程)は講義で習ったことを発展させて論文にするのが通常。独自の理論を展開したいという彼と十回ほど打合せしましたが話になりませんでした」。「旅と平和」で論文を書かなければ意味がないと叫んで席を立ったショーンPについて、ドクターDは「松岡洋右のパクりかしら」と思ったという。ショーンPはドクターDに一方的に別れを告げて帰国した後、締め切り直前に電子メールで論文を提出したそうだが、ドクターDはその論文の評価について、小誌からの取材には明言を避けた。
占領という横暴
ショーンPは成人直後ぐらいより、自らの誕生日を自分で祝う会を開催している。イギリスに渡る直前の「壮行会」とイギリスから帰る直前の「送別会」も、自分で企画している。「誰も開いてくれないから」なのか。寂しい限りである。
二十代のショーンPは居酒屋で頻繁にトラブルを繰り返していた。周囲の客を巻き込んで乾杯をしようとしたり、店内にいる他の客にやたらと話しかけるので、「他のお客さまにご迷惑となりますので」とあらゆる店舗で繰り返されていた。これに対し「みんな楽しんでいるんだから迷惑ではない」と常に暴言を吐いていた。
「壮行会」での蛮行は特に有名だ。予約をして席を取ると「2時間制」とされることに激高し、予約をしないで居座る作戦を思いついたらしい。渋谷にあるアイリッシュパブに「個別で」来店するよう友人たちに促し、店側に気づかれぬよう店を「占領」しようというのだ。結局3時間ほどでその作戦は成功し、店にいる客の89%以上を知っている状態になった時点で、見知らぬ客にも話しかけた。「友だちになろう」と。その後店内の異常な状態を感じた店員たちに制止される前に演説を始めた。約10分。パブリックな場を「占領」したと宣言した。
同様の手法はブラッドフォードでも実行した。日本に比べると英国での知り合いが少ないという理由で、大学の図書館や校舎の至る所に大学の許可無くビラを貼りまくった。結果として暇を持て余す学生がやたらと集まった。普段はあまり大学生が出入りしない、地元民に人気の「ウエザースプーン」というパブの年齢層を一気に下げ、普段落ち着いて飲んでいるイギリス紳士たちが驚愕。この日も夜更けに「占領」を宣言したが、朝方まで飲んだショーンPは「記憶にない」と言い張った。
ライブドア事件に関与?
英国からの帰国後、ショーンPは近鉄バッファローズ買収に名乗りを上げた直後のライブドアに入社する。英国ではほとんど授業を理解できなかったにもかかわらず、「日本語での情報源は貧弱すぎる」とし、“世界の視点”から日本を読み解くニュースサイトがほしいと願った。当時はインターネットでは新聞社のウェブサイトぐらいしか最新情報を入手する術がなかった。読売新聞とのやり取りに辟易しネット初の報道機関を作るというライブドア社長(当時)の堀江貴文氏に面会し、構想を伝えたところ「やれば」との返事で入社を認められた。
LANケーブルを引くところからライブドア・ニュースの立ち上げを担ったショーンPは、直後に「ニッポン放送買収」「代表者の参院選出馬」「代表者の逮捕」という事態に立て続けに直面した。「報道部門は広報とは異なるので、会社の肩を持つことなく中立」との立場で、同僚とともに内部にいながら客観的な記事を出した結果、社内から非難も出た。一方ですべての全国紙、キー局が丸パクりで報道するのを見てほくそ笑んでいた。
ショーンPはライブドア入社直後、目的や中身を考えることもなしに「社長になりたい」「起業したい」「上場したい」と話す他の社員たちを冷めた目で見ていた。しかし、在籍中に長男を授かったことが分かるやいなや、「子どもと一緒に成長したい」と“なんとなく起業”を目指してしまうことになったことから分かるように、他人の影響を受けやすい性質を持っている。
非常識
結局、「起業したい」という妄想が具体的なアイデアになる前に、ショーンPはライブドア退社を決めた。ちょうどいいタイミングでライブドア・ニュースという報道機関の閉鎖が決まったため、「事件に巻き込まれてリストラされた」と見ることもできるが、タイミングから見ると退社は本人の身勝手な行動にすぎない。
結婚の際も、子を授かった際も「無職」状態であったショーンPは、現代日本の基準から鑑みると非常識極まりない男だといって差し支えないだろう。しかも、持ち前の厚かましさから、多くの中小企業診断士や外食コンサルタントの「パクチー料理店だなんて気がふれている」という意見に耳を貸さなかった。
肩書きを利用する処世術
在籍期間などについて各社・各校に問い合わせたが「OBの個人情報について公開いたしかねます」との返事で、真偽のほどは不明だ。しかし、経歴が正しいかどうかは別として、パクチーハウス東京を開くまでの「事実」を見れば、どういう人間か推測できる。
大学の講義や中学高校の進路講話などにも招かれることの多いショーンPは「株式会社旅と平和 代表取締役」「パクチー銀行 頭取」「日本手食協会 理事長」などさまざまな肩書きを持つ。しかし、賢明な読者ならお分かりと思うが、ショーンPのいう「肩書」は自称にすぎない。講義を聴いた大学生や氏が運営するコワーキングスペースの利用経験者が「肩書きは自分で創るものだ」という主張に惑わされて、親の反対を押し切って就職活動を止めてしまったり、ダチョウ肉の普及で起業する者などが後を絶えないことは、社会的に問題があると言って差し支えないだろう。
(文=佐谷恭)
ショーンPの経歴の真偽については今後の詳しい調査が待たれるが、当人主宰の「毎年恒例の花見」で、ご自身で確認してみてはいかがだろう。参加者に制限はないそうだから、行ってみるのも一興だ。代々木公園原宿門に、4月2日(土)午後1時集合。編集部が入手した情報によると、毎年4月の第一土曜日の同じ時間、同じ場所で開催しており、「桜の開花時期に左右されない」そうだ。
https://www.facebook.com/events/951949741504544/
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「cinemo PAX」始めます(映画上映会&トークライブ)
「旅人が平和を創る」 pax + i = paxi
パクチーハウス東京では、平和を生み出し維持するための「人と人」「アイデアとアイデア」をつなげていくための、映画上映会&旅と平和トークライブ「cinemo PAX」を年5回開催します。4月16日(土)に、そのキックオフイベントとして、トークライブ&パーティを行ないます。
イベント参加表明はこちら: https://www.facebook.com/events/810965382342731/
ユナイテッドピープルが展開する映画上映スキーム「cinemoシアター」の仕組みを利用して同社配給の映画を鑑賞するとともに、テーマに合わせてゲストを招きトークライブを行なっていきます。
キックオフイベントでは、ユナイテッドピープルの関根健次代表をゲストに招き(初回の4月16日は映画上映はありません)、同社の映画配給に関する考え方とcinemoの効果、狙いについてお話を伺うとともに、パクチーハウス東京その他を通じて「旅と平和」を発信している佐谷恭との対談を通じて、平和に対するアイデアを拡げ行動につなげていきたいと思います。トークライブ終了後は、パクチー料理の大交流会です。
「人と人をつないで世界の課題解決をする」というユナイテッドピープルの映画配給宣伝事業のミッションは、パクチーハウス東京およびその運営会社である「株式会社旅と平和」の企業理念に通じます。
株式会社旅と平和の3事業・パクチーハウス東京(交流する飲食店) 「旅人」をつなぐ場。海外のゲストハウスのような気軽に人と人とが話す空間でありたい。・PAX Coworking 「アイデア」や「知恵」を共有する場。チームやプロジェク…
株式会社旅と平和さんの投稿 2016年3月26日
この趣旨に賛同し、さまざまなネタから平和や豊かな世の中について考えるパクチー・ピース・プロジェクト(PPP)の一つとして、「cinemo PAX」を開いていきたいと思います。その最初の第一歩に、ぜひお越しください!
[「cinemo PAX」キックオフイベント ]
日時: 4月16日(土) 17:00開場、18:00トークスタート
場所: パクチーハウス東京(世田谷区経堂1-25-18-2F)
会費: 3,500円(トーク後の楽しいパーティ=ビュッフェスタイル=込み、ドリンクはキャッシュオン)
お申し込み: 電話(03-6310-0355)またはFacebook(https://www.facebook.com/events/810965382342731/)から
pax + i = paxi
パクチーハウス東京の「paxi」は pax(ラテン語で平和)と i (旅人)を組み合わせた造語です。「パクチー」という単語はタイ語の発音から取っていますが、世界共通語として広めたいと願い、2005年6月にこのスペルを作りました(パクチーハウス東京の構想すらなかった、日本パクチー狂会旗揚げ時です)。
パクチー・ピース・プロジェクト
パクチーハウス東京は楽しい食事の時間に、図らずもいろいろな人と交流したり、世界のことを自然に知ることができる空間となるようにデザインしています。平和のことを真面目に考えるというより、平和や豊かな生活は多くの人達との結びつきによりできているということを、体験によりいつのまにか理解してしまうと面白いなと思っています。パクチー・ピース・プロジェクトは以下のようなものがあります。(一例です)
・写真展やパーティ、トークライブなど(パレスチナ笑顔の写真展、フリーハグ桑原功一くんトークライブetc…)
・St.PAXTRICK’s Day(セント・パクトリック・デイ)
・旅人経営者の会(旅する会社経営者の交流会)
・パクパクマラソンプロジェクト(コムラッズ・サハラ・バイカル)
・パクチー・ランニング・クラブ
・ランニング手当
・カンパク(Kanpax)の普及