メドックマラソンとパクチー

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実は言うと僕はマラソンが大嫌いでした。高校を出てから全く走る気はなかったし、お腹の脂肪が恥ずかしいレベルになるまでは少々の運動はしたものの、「走ること」を全否定していました。走るようになったきっかけは直接僕の口から聞いてほしいですが、マラソンに苦手意識があった僕は「走ることを強制されること」がイヤだったに違いありません。

メドックマラソン2011は初めてのフルマラソン(42.195km)でした。未経験の距離に恐れつつ、色とりどりに着飾ったたくさんのランナーとともに歩みを進めて行きました。そこにいる人はとても陽気で、一緒に写真を撮ったり、楽しく会話をしたりしました。日本の学校の先生がいたら「ペチャクチャしゃべってないで真面目に走りなさい」と言ったことでしょう。そして給ワイン所に到着して驚きました。ワインがグラスでサーブされていました。他人を蹴落としてワインを取るような人はいません。立ち止まり、グラスを回してみたり、香りをかいでみたりして、周りのランナーと乾杯が始まりました。マラソン大会中に、立ち止まっておしゃべりをする! これはマラソン大会の最高のイノベーションだと感じました。

毎年日本のメディアもメドックマラソンについて報じます。たいていは「酒を飲みながら走る変わったマラソン」という視点です。それは表面的なものにすぎません。「スタートからゴールまで、ワインや仮装を通じてランナー同士がコミュニケーションを取りまくるマラソン」というのが本質だと思いました。そして、「メドックマラソンに一度行ったことがあります」と体験談を語るより、毎年訪れて「メドックマラソンは僕の人生の一部にしたい」と思い、初参加の完走前に毎年訪問することを決めてしまいました。

この素晴らしき旅をほかの人にも伝えたいと思って作ったのが「パクチー・ランニング・クラブ」です。パクチーハウス東京のお客さんなら誰でも入ることができ、メドックマラソンに関する情報提供と出場への意思を固めるための飲み会を不定期に行っています。

 

旅から生まれたパクチーハウス

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『The PAXi TImes』で9月15日からのフランス特集を知ろう!

パクチーハウス東京は旅から生まれました。

大学時代は旅に明け暮れていました。在学4年のうち約1年を海外で過ごし、約半年を国内旅行に費やしました。「旅ばかりしてるね」と友人たちから言われましたが、2.5年は大学のあった京都で過ごしたことになります。

旅を非日常の楽しみと定義付ける人に多く会いました。「辛い日常からの束の間の解放」。そうだとすると僕の大学生活は、半分以上がつまらない時間だということになります。「いや、そうじゃないだろう」。そう思い、僕は旅を「日常」とすることに決めました。

旅とは「外国に行くこと」だけではありません。旅先で会った人と再会したり、旅先で思いついたアイデアを実行したり・・・。つまり、日常的に自分を「解放」することが旅であると考えました。

旅人として生きて行けるかという質問を、大学を卒業するときに自分に問うたものです。当時の僕はそれに答えることができませんでした。縁あって大企業のサラリーマンでキャリアをスタートし、3年後にはスタートアップ企業の立ち上げで友人の手伝いをしましたが、その間、僕は日常を束縛されるために費やすのではなく、解放されたまま過ごせるよう意識していました。

仕事の合間に旅を繰り返し、物理的な移動も増やしていきました。ユーラシア大陸を3度横断し、英ブラッドフォード大学の大学院で旅人として学びました(「旅と平和」というタイトルの論文で平和学修士号を取得)。

そんな過程を経て、日常的に旅ができる空間として僕はパクチーハウス東京を作りました。「ヨーロッパの夏の広場」をイメージした店内は、居合わせた人が楽しく挨拶や会話をしてほしいという願いが込められており、それゆえ明るくて開放的なのです。

この1年ほど世間は“パクチーブーム”と呼ばれるようになりました。超絶ニッチなパクチーの専門店を作って変人扱いされた9年前から、日本におけるパクチー普及を目指していたものの、本当にパクチーがここまで普及したのは嬉しすぎる誤算です。

しかし、僕が作ったパクチーハウス東京は、パクチーの知名度にかかわらず、旅の空間でありたいと思います。より多くの旅人が集まり、より多くの人が旅の話をすることになるように、パクチーハウス東京は9月15日から国や地域を特集することにしました。人気の定番料理とともに、期間限定のパクチー料理を食べながら、世界に思いを馳せてください!

 

パクチーハウス東京・店主 Kyo paxi